単に能天気なわけじゃない。 軽く見えるようでも決して軽くない。 そんな彼の優しさに、少女はきっと救われている。 |
Und der Engel ging hinunter.
第九話 |
がマジック付きの秘書になりもう3ヶ月が過ぎていた。今では前秘書たちの手をほとんど煩わせることなく順調に秘書業務をこなし、だんだんと軌道に乗り始めた時期になろうとしている。 そんな折、資料室から目当ての物を探し出し、総帥室に戻る途中だった。 「やっほー、ちゃん!」 ここしばらく聞いていなかったが、確かに知っている人の声を聞いて振り返れば、予想通りハニーブロンドにタレ目の愛嬌のある笑顔を浮かべたイタリア人が手を振っていた。ロッドである。 は栗色の髪をふわりとさせながら、軽く頭を下げ挨拶をする。 機嫌よく歩きながら近付く青年を待ち、並んで歩き出した。 「どう、仕事は慣れた?」 そう云いながら、ひょいとロッドは少女の手から重そうに重なっていた書類を奪っていた。あっと思った時にはすでに遅く、気にしない、という笑顔に苦笑しながら頭を下げた。 身長差があるために本当ならば置いていかれてもおかしくないのに、はしっかり彼の隣に並んで歩いている。彼がわざわざゆっくり歩いてくれているからだった。 そんなさりげない優しさを嬉しく思いながら、にっこりと笑う。 『はい。やりがいはあるし、楽しいです』 「そ?まぁ、あの変態上司に愛想尽きたらいつでも俺らは歓迎するよん」 『変態上司って』 「あれ、もしかして見たことないの?自分の息子のお手製人形抱き締めて話しかけてるとこ」 ガンマ団総帥有能秘書は、あっさりと暴言を吐いたロッドを諌めようとしたが、続いて暴露された上司の秘密に若干頬を引きつらせた。 『見たことありません』 「あ、ほんと。じゃあちゃんには格好つけたいからばれないようにしてんのかもね。俺が今ばらしちゃったけど」 怒られんのヤだから内緒ね。 そう云ってロッドは茶目っ気たっぷりにウィンクをした。そんな見た目だけなら美形の上位に位置する彼の仕草にほんのり頬をピンクに染めつつ、はくすくす笑いながらわかりましたと頷く。 今日のロッドは珍しくジャケットを羽織っている。とはいえ本来の特戦部隊の制服は黒の革ジャンを着用しているのが正装なのでこれが普通と云えば普通なはずなのだが、普段ならば鍛え上げた身体を惜しげもなくさらしたまま出歩くのに、そうしないのは訳があった。 との初対面での彼はいつもの如く半裸だった。いたいけな少女はそれを直視できずに彼の上司の背に隠れ顔を真っ赤に染め上げ、頼むから何かで上を隠してくれと眼だけで必死に訴えたのだ。 これがその辺の女の反応だったら極限までこのネタでからかってやりたいところだが、はなぜかガンマ団総帥にいきなり気に入られているようだし、彼らの直属の上司も似たり寄ったり。とてもこの状態でからかうなんて出来やしない。 さらに、一番厄介なのは、からかってやろうと微塵も思えない自分だった。 普通ならば女と云うだけで即口説きにかかるその上にこの美貌。黙っていれば――まぁ今は口が利けないので始終黙っているのだが――どこぞの深窓の令嬢でも通用しそうだし、そっと微笑む姿など花のようだ。 文句なしに口説き落としたくなる対象であるのに、上司兄弟のことを抜きにしても口説く気になれない。 はて、と首を傾げてしまう。女に興味がなくなったわけではない。むしろいつでも美女を迎える準備は出来ている。 なのに、この少女に対してはそんな気になれないのだから不思議だ。 ちら、と隣を歩く少女を盗み見る。 すっと通った顎のライン、長い髪をポニーテールに結い上げているためにむき出しになっている項は歩くたびにふわふわと栗色に見え隠れし、胸を張って真っ直ぐ前を向く瞳には銀細工が鎮座する。今は美少女だが、もう数年もすれば絶世の美女に成長することは間違いなさそうである。 改めて考えるまでもなく、この少女には口説くだけの価値があるのだ。今まで彼が相手にしてきたどの女よりもその価値があると云ってもいい。 それなのに。 じっと自分に向けられていた視線に気付いた少女は、小さく首を傾げることで問うた。 「んや、なんでもないよ」 まさかなんで自分がを口説けないのか考えていましたとは口が裂けても云えない。さらりと流し、いつもの愛嬌のある笑顔を返す。 不思議そうにはしていたものの、これ以上問い詰めたところで無駄であろうことを感じたは、同じようににこりと返すことで答えた。 それからも少し他愛のない会話を楽しんでいると、いつの間にか総帥室はすぐ近くまで迫っていた。 今日のロッドは別に遊びに本部に来ていたわけではなく、彼の所属する部隊の書類を提出にやってきたのだ。本来ならばそれは隊長であるハーレムの仕事なのだが、今は飛行艇のメンテナンスの立ち会いのために来ることが出来なかった。仕事嫌いの彼にして珍しく、自分で行こうとしていたのだが、整備士に引き留められてそれは叶わなかったのだ。(以前ハーレムのいない間にメンテナンスをしたら、自分のものを勝手に弄られるのは腹が立つと怒られたのを整備士たちは大分引きずっているようである。) 書類を提出してしまえばもう用はないのだが、このままと別れてしまうのは惜しかった。しかし下心なしのデートに誘おうにも恐らくはこのあとも仕事があるだろう。真面目な少女は自分の誘いを素直に喜んでくれそうだが、優先しなければならないことはしっかりと決めている。断るに断れなくて困らせてしまうかもしれない。 そう思うと得意の誘い文句はひとつも出てきてくれなかった。まったく自分らしくないと嘆息する。 すると、総帥室の目の前までやってきたときにぱっと少女が彼を見上げた。そして、なんと驚きの提案をしてくれたのだ。 『ロッドさん、このあとお時間ありますか?』 クエスチョンマークが飛び交うのも無理はない。なんと云っても彼にとっては予想外の展開になっていたのだから。 が、こんなチャンスを見逃すほど彼は間抜けではない。持前のしたたかさは、若干スランプに陥ろうと健在なのだ。 「もっちろん!何、それはデートのお誘い?」 『はい。お食事でもいかがですか?』 百戦錬磨の色男が言葉を失くした瞬間だった。 目を点にして固まっているロッドには気付かず、少女はにこにことペンを走らせる。 『マジック様は今所用でお出かけになっていらっしゃるし、この資料を置いたらお昼休みになるんです。もしよろしければ、ご一緒しませんか?』 願ってもいない申し出ではあるが、混乱する頭の端で冷静に考えた。 ご一緒したい。それはもうすごい勢いでご一緒したい。望むところである。 しかし、これが総帥や上司、同僚にばれたら? 制裁は必須だろう。 だがしかし。 こんなことは滅多にないに違いないのだ。はいつもはマジックの傍から離れないし、離れたとしても彼の元筆頭秘書たちがいる。 二人きりになることなど皆無と云っていい。 つまりもうこんなチャンスは訪れない。 さまざまな計算を一瞬のうちに済ませたロッドの頭から、後のことなどきれいさっぱり捨てられていた。 後のことより今のこと。 幸せが目の前にあるのに手を伸ばさないのは愚の骨頂。 そして次の瞬間には輝かしい笑顔を浮かべていたのだった。 お昼時を過ぎてしまった食堂は人もまばらだった。ピークの時間など溢れかえるほどごった返しているのが嘘のようである。 食堂に姿を現したを見つけた団員数名が目を輝かせて近寄ろうとした。が、続いて現れたハニーブロンドを見咎めてその場に足を縫い付けた。 勿論ロッドはそんな彼らに気付いている。ちらりとそちらを見てにやりと笑えば、ゴキブリ並みの速さで団員は逃げてしまい、結局食堂には彼ら二人となった。 せっかくのチャンス、同じ空間に雑魚がいるのは面白くなかったのである。邪魔者はどかすに越したことはない。 そんなことには全く気付かない少女は、空いていることを素直に喜んでいるようだった。いそいそと食券を買ってカウンターに持っていった。 誰もいない食堂で彼女と二人きり、しかも少女は上機嫌に笑っている。 満足げににんまりとしたロッドも、追って食券を購入した。 二人は食事を乗せたお盆を持ってその広い食堂の隅に腰を落ち着けた。二人とも食堂おすすめの日替わりランチを注文していたが、なぜかロッドの方だけ量が多かった。通常より胃袋が大きい彼への気遣いだったのだろうが、今の彼には少々余計な御世話だった。 というのも、実はここに来る前に食事は済ませていたのだ。が、美少女のお誘いにそんな事実は必要ない。だから普通に頼んだのに、とんだ誤算だった。顔色一つ変えずに平らげたが、若干苦しい。 小さくげんなりしつつ、気を紛らわすためにも目の前の少女を観察してみた。 箸を持つ手は白く細く、それを口へと運ぶ一連動作は流れるように美しい。日本人だということだからかもしれないが、ナイフとフォークがスタンダードのロッドにはとても真似が出来ないものだ。 彼の方が背が高い分仕方がないが、少し高いところから少女を見ると必然的に見下ろす形になる。その眼はほんの少しだけ伏せ目がちで、ゆったりとした雰囲気を醸し出す。 改めるまでもない、文句なしの美少女と面と向かって食事が出来るとはなんという廻りあわせか。この際恐らくあとで自分に降りかかる惨劇は忘れてしまいたい。 食事中に筆談するわけにもいかないので二人は黙々と食を進めていた。先に食べ終わってしまったロッドとしては少しつまらないが、代わりにこんな美少女を鑑賞できるなら安いものだ。 同席者がすでに食事を終えていることに気付いた少女が急いで食べようとしてむせているのを、内心机を叩きたいほどかわいいと思いながら、お茶を差し出し慌てなくていいよと笑うことで誤魔化した。危ない。この可愛さは反則だ。 涙目になりながらお茶を飲み干し、ほう、と息をつく。視線だけでごめんなさい、と謝ってから、先ほどよりはゆっくりと、しかしちょっとだけ急いでせっせと料理を片付け始めた。 食後のお茶はが淹れた。賄いの職員はこれからそろって用があるため、道具だけ借り受けてきたのだ。 自分たち相手にセルフサービスを強いるとは良い根性、と思ったが、考えてみればの淹れた茶を飲むのは実は初めてだ。あとで制裁を加えるとして、今はいいか、と自己完結させた。 優雅な手つきで淹れられた紅茶は良い香りだった。さすがは世界有数巨大組織ガンマ団、どんなものも最高級品を使っているようである。彼は紅茶通ではないが、祖国はイタリアであるし、豪華が大好物の隊長を持つ特戦部隊にいるおかげで舌は肥えている。 一口口に含めば、専門店で淹れられたかのように上品な美味さが口に広がる。どんなに下手な淹れ方をしようと良い物を使っていれば香りだけは変わらない。しかし、これは予想外に上手に淹れられているようである。 「ちゃん、ほんとに日本人?」 思わず尋ねれば、少女はきょとんとして答えた。 『間違いなく日本人ですが、なんでですか?』 「いや、それにしては淹れ方も堂に入ってるし、手慣れてるからさ」 ややあって、ああ、と納得したように少女は頷いた。 『私、二年くらい喫茶店で働いていたんです。キッチンもよくやってましたから、こういうのはちょっと得意なんですよ』 の働いていた喫茶店は、喫茶店と云うよりも小さめのレストランと云える店だった。店長は世界を旅してまわり、さまざまな国の料理を作る多国籍レストランとして地元では少しばかり有名店だったのだ。本来なら調理師免許を持っていないがキッチンに入ることなど許されはしないのだが、持前の器用さと料理好きが高じてうっかり店長直々の指南まで受け、修行代りにキッチンを任されることもしばしばあったというわけだ。 そんなわけで、実はちょっとではなくかなり得意という域に達するのだが、そんなことを知らないロッドは素直に感心した。 「へぇ、すごいねぇ。それじゃあいつでもお嫁に行く準備はばっちりだ」 他意はなかった。 自分が少々軽率で能天気であることを認めた上で、誓って今のは狙った物云いではなかったはずだ。 しかし。 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く美少女を目の前に、彼に黙っていろというのは、発射された核ミサイルを捕まえろというよりも無理な話であって。 どうしようもなく、今まで眠っていた彼の本能が目を覚ましてしまったのは、もはや必然だったのだ。 にやけてしまう頬をそのままにし、頬杖をついて少女を見遣る。 「そんなに照れることないんじゃないの?」 云えば、少女ははっとして顔を上げ、しかし項まで赤く染めたまま必死で首を振る。照れていない、というのである。 が、そんな顔でそんなことを云われても信じられるはずがない。 どこまでも悪戯心をくすぐってくれる少女だ。ロッドはの様子ににんまりと笑みを深くした。 「じゃ、なーんで赤いのかな?」 「!!」 「いやぁ、今のちゃんの顔、見せてあげたいねぇ〜。薔薇みたいに真っ赤だよん?」 「……!!!」 も今自分が赤くなっているであろうことは、異様に暑さを感じることで知っていた。が、それを改めて、しかも薔薇なんかに例えられながら云われて平常心でいられるはずもない。 体中の熱が顔面に集まってきたかのような気分でますます恥ずかしくなってしまった少女は、更に小さくなって俯いてしまったのだった。 それを見てさすがに可哀想かな、と思ったロッドは、先ほどまでのやや意地悪気な空気を取っ払い、今度は何気ない会話をするように話しかけた。 「でさ、ちゃん、どんな料理作れんの?」 打って変ったロッドの雰囲気に驚きつつ、これで前の話題から抜けられる、という気持ちの方が強かったのだろう。 顔の赤さはまだ抜けきっていなかったが、思案するように斜め上を見てからペンを走らせた。 『日、中、仏、独、伊とか、あとは材料さえあればアジアの料理は結構作れますよ』 「…それってちょっと得意って域じゃないんじゃない?」 すらすらと書かれる国名に呆れつつロッドは純粋に感心した。単なる美少女でないのは仕事ぶりからして知っていたが、家庭的な面も十分備えているようである。 ますます嫁に行けると思ったが、これを口にしたらまた顔を真っ赤にして黙りこくってしまうであろうことは容易に想像できたので云わなかった。 「じゃあさ、今度作ってよ。食べてみたいな〜ちゃんの手料理!」 これは嘘ではなかったのであっさりと云う。すると、少女はなぜか異様に顔を輝かせて大きく頷き、急いで文字を連ね始めた。 『勿論です。最近全然人に振舞う機会がなかったので、むしろこちらからお願いします』 ほほう、と思う。きっとこの少女は人に尽くすことが好きなのだ。それは決して昇進や好意を集めるための下心はなしのものではなく、単純に人を喜ばせることが好きなのだろう。 その証拠に、浮かんだ笑顔には楽しそうであり嬉しそうなものしか映っていない。 感心して不意に口をついてしまったセリフは、彼の今の心境を素直に零してしまっていた。 「これに男はころっと落ちるんだろうなぁ」 ぴき、と笑顔のまま動きを固めてしまったである。 同時にしまった、とロッドは思ったが、どうやら先ほどのように顔を真っ赤にして俯いてしまうことはないようだ。 ほんのり頬を桃色に染めながら、その眼はじとっとロッドを見ていた。泣く子も黙る特戦部隊の彼が一瞬怯んでしまったのは、この際仕方がないだろう。 『ロッドさん、どうしてもそういう方向に持っていきたいんですね』 少々頬を膨らませたままそう書き連ねる少女は、不貞腐れているというよりも、照れているのを隠したがっているように見えた。 こういった話に全く耐性がないのかと思ったが、そうでもないらしい。単に恥ずかしいからまともに話せない、ということだった。 それならば話は早い。 少女が照れて黙り込んでしまわないよう、なるべく自分から話すように会話を持っていくようにすればいいのだ。 こんなとき、鍛えた話術は便利だ。相変わらず人好きのする笑顔のまま、ロッドは興味津津の様子を抑えながら云う。 「人の恋路が気になるお年頃ってやつよん」 『失礼ですけど、お幾つですか』 「知りたい?」 にやり、と笑う。その笑顔に裏を感じてしまった少女は、慌てて首を横に振る。知りたいと云えば教える代わりにスリーサイズを聞こうと思っていたのに。 残念、と軽く肩を竦めながら冷めてきた紅茶を飲み干した。 「そんじゃあお兄さんに話して御覧なさいよ」 何を、とは首を傾げる。 同じように小首を傾げ、にっこりと。 「ちゃんの恋のお話」 手始めにタイプとか教えて。 がっくりと肩を落とした少女の姿は、続くのか、と語っていた。生憎こんな面白そうな話を見逃すほどロッドは甘くないのだ。 ちら、と上目遣いに目の前のハニーブロンドを見遣る。興味津津、というのが云わずとも伝わってくる。 は色めいた話が嫌いなわけではない。人相応に興味はあるし、こうも興味を持たれては、久しくしていなかったこんな話もしてみてもいいかな、と思ってしまう。 が、うっかり話してそれが広まるのが嫌なのだ。秘密主義とは云わずとも、自分の知らないところで自分の話が広まるのはあまり好きではない。 それを懸念してしばらく渋っていたのだが、短い付き合いでも彼が口の軽い人間でないことはわかっていたし、少しだけ彼の話も聞いてみたい。 そう思ってしまえばあとは好奇心がものを云った。逡巡したあと、戸惑いがちにペンを走らせたのである。 『優しくて、一緒にいて楽しい人、です』 「へぇ〜、無難なところ突くね」 『そういうロッドさんは?』 質問すれば同じ質問が返ってくる。答えは用意していたが、少し考えた。正直に云ってもこの少女は引かないだろうか。 少女を見れば、少しわくわくしたように自分を見つめている。これでは正直に――グラマラスな美人なら性格問わず――とは云えない。一瞬でその顔が軽蔑に歪むのが目に見えている。 そんなことはご遠慮したかったので、思案気に云ったのである。 「ん〜、そうだねェ。笑顔が可愛い子、とか?」 彼の知り合いが聞けばドン引きは間違いない答えだった。どの口が何を云う!と無意味に怒鳴られるような気もする。 そんな彼の気を知る由もない少女は、感心したように頷いた後、恐ろしいほどはっきりと正直な感想を綴った。 『意外です。てっきり、ナイスバディな美人さん、あたりかと思いました』 実際当たっているから複雑である。 「まぁ、嫌いではないけどねん…」 むしろ、とは最早云えない。 段々情けないような気もしてきたが、今更だった。こうなったら意地でもこの話題を続けてやる、とロッドは半ば自棄になっていた。 「じゃあ今までのカレシもそんな人ばっかり?」 はぎょっとした。まさかそこまで聞かれるとは。 が、こちらも云わば、毒を食らわば皿までの心境である。腹を括って話してしまえと頭の中でもう一人の自分が云っていた。 そして戸惑いに書かれた言葉に、ロッドはやや意外そうに目を見張った。 『いえ。どちらかというと、何故か俺様タイプが多かったです』 「ほとんど正反対じゃん」 『そうなんですよね。自分でもすごく不思議なんですけど』 「ま、現実と理想はギャップがあるもんだけどね〜。ちなみにどっちからが多いのかな?」 『ありがたいことに、あちらから』 「ほ〜、もてもて?」 『そんなに多くないですよ!』 自分にもてる自覚がない美少女は、ロッドの言葉に赤面した。自分にとってはもてるとかそういう話は縁のないことだと思い込んでいるのである。とんだ間違いだと気付く日は遠そうだ。 ところで何気なく会話をしているようで、彼は抜け目ない。この会話を冷静に分析していた。 少女は優しくて一緒にいて楽しい人が好きだと云ったが、反面実際付き合ってきた人――あとで聞けば二人ほどだそうだ――は俺様タイプ。少女自身が人より一歩下がってあとに続くタイプであるために無意識に惹かれてしまうのだろう。 彼には嫌というほど心当たりがあった。嫌というほど。それはもう嫌というほど。 ガンマ団総帥の実弟であり、彼の所属する特戦部隊隊長であるハーレムその人だ。 しかも、彼は少女と接触しているし、筆談での口論はもはや挨拶代わりで、懐かれてもいる。 なるほど、最近マジックの機嫌がいいのはこのためか、と遅まきながら彼は気付いたのだ。 よく云えば弟想い、悪く云えば暇つぶし。 そして彼らの隊長は少女が現れてから頻繁に本部に立ち寄るようになったし、以前は面倒だとすべて自分たち部下に押し付けていた仕事は自らするようになった。 表向きは何も変わってはいないが、ふと見せる表情には優しげなものが見え隠れする。 あれやこれや、二人しかいない食堂で恋の話に花を咲かせる少女は気付いていない。時折話題に上るハーレムの話にをするとき、自分の目尻がわずかに嬉しそうに下がることに気付いていないのだ。 やれやれと思いながら、ロッドは不思議な気分だった。いくら自分にこの少女への恋心があらずとも、自分以外に好意を寄せられるのは面白くないはずだ。なのに、今自分はどうやって二人の仲を取り持とうかと考えている。 表情には出さないよう会話を続けながら思案したが、すぐにその理由に気付いた。 自分は確かにこの少女を可愛いと思っているし、愛情を持っている。しかしそれは、あくまで友愛であり、恋愛を求めるものではないのだ。その上、上司のことはあらゆる面に目を瞑れば尊敬している。少なくとも、どんな理不尽を受けても離別しようとは思わない程度には好きだとも思っている。 単純な話だった。 自分が好意を持っている二人同士が、互いに好意を持っている。それも、友愛ではない愛情を。 ああ、だから、それならば。 理由はそれだけで充分だった。 休憩時間も終わりに近付き、この話はまた後ほど、と少女は笑う。 仕事に戻らなければならないという少女の背中を見送って、自分も飛行艇に戻るべく歩きだした。 上機嫌に鼻歌などを鳴らしていたのは、これからのことを考えると面白くて仕方がなかったからだ。 後日、ロッドが原因不明の大怪我を負ってドクターのもとへ運ばれた事実を、少女は知らない。 -------------------- ひょえ〜クソ長い。ぐだぐだしてしまった。そして予想外の終わり方にびっくりしています。 最後の怪我は、深読みしてください。笑 |