Das Gluck, das die Welt uberblickte T‐0





信じることよりも信じないことを知った。
知るよりも知らないことを信じた。
好きよりも嫌いを覚え、愛より憎しみを覚え、喜びより哀しみを覚え、楽しさより憤りを覚えた。
苦しくはなかった。
むしろそちらのほうが楽だと思えるくらいには、人生を捨ててしまっていた――否、人生なんて、そもそも持ち合わせていなかった。私は。"人"として生きることなど、許されてはいなかったのだ。
私が"人"でいられたのはほんの僅かな時間、そう、確か19年あまりだったろう。正確な年数など覚えていない。覚えている必要もなかった。今更そんなことを考えたところで意味などありはしないのだから。ただ気が遠くなる程長い時間を、私は"人"としてではなく、過ごした。
旅をしながら多くの人――それは一概に人間というわけではなく、エルフであったりコボルトであったり、リザードであったりダックであったり――に出会った。それは同時に多くの国を見てきたことであり、更には同じくらいの滅びを見てきたということでもある。
傍観者として、ときには協力者として、私はずっと戦争に関わってきた。
否。
ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ
戦争が私に関わってきた。
それは決して些細な違いではない。天地ほど月鼈ほど違うことだ。
つまりは、私が存在する限り戦争はなくならないということ。
下らない、と思う。
本当に実に下らない。終わらない回路を終わらせようと躍起になったところで、結局は終わらないのに。
人がいるから人が集まり、戦争が起きて人が死ぬ。単純明快でありながら難解で、簡潔でありながら不明瞭。そんな流れの中で人は生きるのだ。神様も――もし神様が存在していて、且つ人の運命をも操っているとでもいうのなら――酷いことをする。
ならば、人がその虚しい回路を生きると云うのなら、私は、もはや"人"ではなくなった私は一体どうなのだろう。"人"ならざる存在であって尚"人"として存在知る私は。
―――ああ、だけど、そんなこと、どうでもいい。
考えたところで無駄なのだから、考えないに越したことはない。無駄は嫌いだ。面倒だから。
気が遠くなる程の長生き、という表現はあながち間違いではない。昔のことを考え始めると、時折意識が久遠の彼方へ飛んでいきそうな気分になる。
私は文字通り、気が遠くなる程長生きした。
幼い頃に憧れた恋や、いつか築くと漠然と思い込んでいた幸せな家庭は、もう那由多の彼方にあった。
誰も愛さないまま、愛せないまま、愛されないまま、世界の終焉と共に朽ちるのだと。思っていた。
けれど、けれど、けれど。 出会ったのだ。
忘れもしない300年前。
あの小さな村、あの場所で。
全て失った代償にソウルイーターを手にした、あの子に。
テッドに、出会ったのだ。
まるでこれまでずっと、このためだけに生かされてきたのかと思うほどの衝撃を受けた。
私はこの子の傍にいなきゃならない。護らなきゃいけない。
この子を、愛さなければならない。
本能が自我に訴えてきて、私はそれに抗う術を持っていなかったし、もとより抗うつもりもなかった。
祠を見つめ、呆然としているテッドに声を掛ける。するとテッドは、小さく首を傾げた。
『……僕を迎えに来たの?』
まるで待っていた、と云うように。
何故かはわからなかったが、とにかく頷いた。
『そう、そうよ。私はあなたを迎えに来たの』
『じゃあ、一緒にいてくれんだよね?』
居なくならないよね、と。
言外の言葉は、あまりに切なくて。
思わずテッドを抱き締めた。
『居なくならない。居なくならないよ』
『本当?絶対?今度は連れていってくれるの?』
『大丈夫。連れてくから』
ああ。
初めて、私は感謝した。
気が遠くなる程昔、私を"人"でなしにした人間たちに、初めて感謝した。

『私がずっと、傍にいるね』

ヽヽヽヽヽ
死なずの命は、きっとこの子のためにある。

そして私たちは共に歩き出し、300年を共有した。
笑って泣いて喧嘩して、最後はいつも笑って。
どんなことでもテッドがいれば頑張れた。テッドがいれば大丈夫だった。
これから先、ずっとずっと、続くと信じていた。
テオに拾われ、ティルに出会い、大切なものが増えていっても、テッドが隣にいて笑っていてくれることを、私は永遠だと思っていたのだ。
後悔なんて生まれたときにしていた。
ただ、悔やまずにはいられない。
あの時、私が傍にいれば。
テッドは紋章を使わなくともよかったのに。

運命は、残酷な回路でしかないことを、私は改めて思い知らされたのである。
多分私はこの先ずっと、そのことを悔やみ続けるのだろう。
けれど私はまだ知らなかった。
過去の苦しさなど比べ物にならないほどの苦しみが、私やテッドに待っていることを、知らずにいた。










-----------------------

全ての始まりの始まり。