悪意を持った眼で睨まれることも、敵意を持った眼で睨まれることも、最早彼は慣れていた。
けれど、やはりというべきか、どちらかといえば好意や親しみの眼を向けられることの方が多かったのは、彼の人徳の為だろう。
息を飲んだのは、単にそれだけが理由ではない。
良くも悪くも彼は慣れていたのだから。
理由は、そんなことではなかった。
悪意も敵意も、好意も親しみも感じられない。
ただ、少年は――睨んでいた。
興味本意で立ち入った森の奥、幻想的な湖の傍。深い森の中で唯一光を浴びていた場所。
柔らかな草の上にはマントだけが敷かれ、一人の少女が横たわっていた。
その少女の前に立ち、まるで彼から少女を遮り、護るように。
少年は、彼を睨み付けていた。
『・・・私は森を出たところの村を訪れている者だ』
少年の鋭い視線は緩むことなく彼を射止めていた。
言い訳をするではなかったが、何となし何か云わなければならないような気がして彼は口を開いたのだが。
『だからなんだ』
もし少年が村に住む子供であれば、少しは警戒が解けるかと思ったが、どうやらその思惑は失敗したらしい。返答は素っ気なく、冷たかった。
それにしても、と思う。
村長は何も話していなかった。森を神聖視しているくらいだから、てっきり立ち入るには自分のように許可を得なければならないのだと思っていたのだが。それとも、話すまでもないということだろうか。しかし、二人を見る限り、放っておけるような問題でもなさそうだった。
この少年と少女は恐らく村とは無関係なのだろうと彼は結論付けた。が、根本的な問題解決にはなっていない。
相変わらず少年の視線は厳しい。が、余裕を持って見ると、遠目から見ても衰弱しているのがわかる。時折、ぐらりと傾く身体を懸命にまっすぐにしようとしているのだ。
これは早急に話をつける必要があると、彼の本能が告げていた。
『君はどうしてこんなところにいる?』
『あんたに関係あるか』
にべもない。
が、彼はめげなかった。
『私は外の村に5日ほど滞在しているが、森の中に君たちのような子供がいるという話は聞いたことがない。君たちはどこから来たんだ?』
『関係ない』
少年は頑なだった。後ろの少女を気遣いながら、彼に対峙する。怯えや恐れはなく、純粋に立ちはだかる。ふらつく身体に無理をさせ、ひたすら彼を睨み付けた。
どうしたものかと考えながら、彼はゆっくりと二人を観察した。少年は云わずもがなであるが、よく見ると少女のほうはただ眠っているだけではなさそうだった。顔色が悪く、紙のように真っ白で、呼吸は緩やかとは云えない上に不規則だった。一言で云えば、危険な状態だと判断がついた。
やはりさっさと話をつけるべきだ。
改めてそう考えた彼の行動は早かった。
『村には私の部下の医療兵がいる。後ろの娘を看てあげられるだろう』
と、一歩踏み出した。
しかし。
『必要ない!!!』
少年は叫んだ。
一歩踏み出した彼を牽制するように、傍に置いてあった弓を素早くつがえる。
ひたり、と矢尻は彼に向かった。寸分のブレもなく。
足をそのままに、彼は少年を見た。先ほどまでは何の感情もなく、警戒だけをしていた眼には、今や敵意が立ち込めていた。
『私の部下と云ったな。ってことはあんたは軍人のお偉いさんなんだろ?』
『・・・そうなるな』
自慢するわけではないが、実際彼は国レベルで見ても上から数えたほうが早い地位にいる。隠しても無駄なような気がして、彼は肯定した。
すると少年は、冷ややかな笑みを浮かべて云った。
『そういうやつは性根が腐っていると相場が決まってるんだ。どうせ、治療するといって連れていって、意識のないこいつを慰みものにでもする気だろう』
あっさりと酷いことを口にする少年に、彼には非常に珍しいことであるが、絶句してしまった。こんな年端もいかない子供が、慰みものだなどと。
『俺たちは誰の手も借りない』
身体の衰弱は間違いない。しかし、拒絶の意思に揺るぎはなかった。
少年は、つがえていただけの弓を引く。
その手を放せば、あの弓矢は一瞬で彼の胸を貫くのだろう。それを認めながら、彼は恐れなかった。
彼の眼には、少年は手負いの獣のように映っていた。仲間意識の強い、猛獣のようだと思った。
ふと、自分の倅のことを思い出した。丁度、この少年と同じような年の。短時間でも気性が穏やかでないとわかる少年とは違い、自分の息子ながら温厚で真面目な子供。
容姿も何も似ていないというのに、どこか二人の少年はそっくりなような気がした。
そして思う。
是非、二人を引き合わせたい、と。
彼はゆったりと笑った。それを見咎めた少年は、怪訝に眉を寄せる。
『何がおかしい』
『いや、何でもないさ』
『…なら、早く失せろ。そして二度とここに近付くな』
『それは無理だ』
『なんだと!』
これはあまり知られていないことだが、実は彼は非常に頑固で、一度決めたことは絶対に実行する男だった。何故知られていないのかといえば、過去のそうした彼の行動が一つも間違いではなかったからなのだが。
この少年は、身を持って知ることとなった。

『君たちを、私の家に連れていきたくなった』

思わず力が抜け、つがえていた弓矢があらぬ方向へ飛んでいった。弓矢は適当な樹の中に吸い込まれ、近くにいたのであろう鳥たちが抗議の声をあげながら飛び去っていた。
少年は、弓矢を一本無駄にしたことにも気付いていない様子だった。
『………はぁ?』
閉ざされた森の最奥、美しい湖の傍。
自信満々に笑う男と、間抜け面で立ち尽くす少年。その後ろに眠る、少女。

テオ・マクドールと、テッドとの出会いは、そんな奇妙なものだった。











Das Gluck, das die Welt uberblickte T‐2





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最初から好意があったわけじゃなくたっていいじゃない。
そんな出会い話です\(^O^)/