Das Gluck, das die Welt uberblickte U‐1





別に姿を消したことに深い意味はなかった。ただ自分の役目は終わったと思ったから、もう自分の出る幕はないと思ったから、私は城を、赤月帝国だった場所を、後にした。誰にも云わずに去ったのにもそれこそ意味はない。単に近くに誰もいなかったからだ。
この間、歴史の時間に初めてあれから3年が過ぎたことを知った。てっきり5〜6年は経っているだろうと思っていたので、なんだか化かされた気分だった。しかし、3年も、なのか、3年しか、なのか。考えて、馬鹿馬鹿しいと思って放棄した。考えるまでもない。まだあれから、たった3年しか経っていない。
あの戦争は、今では解放戦争と呼ばれているらしい。赤月帝国皇帝バルバロッサを裏で操り国を、世界をも手にしようとした魔女ウィンディから、解放軍を率いて戦った英雄たち。彼らの行動は種族をも超えた団結を生み、その功績はまさしく英雄さながらのもの。元赤月帝国――現トラン共和国の平和は、彼らなしではありえなかったでしょう。
歴史の授業は好きだったけれど、残念ながらこのときばかりはやる気がでなかった。
英雄。功績。それがもたらしたのは果たして本当に平和だっただろうか。いや、確かに平和はもたらした。けれどそれだけではない。
彼らは――とまるで他人事のように云っていいものなのかは謎だが――戦争をしたのだ。
戦争は人を殺すもの。
平和とは、何かの犠牲を払って初めて得られる残酷なもの。
戦争を経験したことがない人間はそんなことを知らないし、恐らく想像したこともないのだろう。そういう人間にとって、平和とはそこにあって然るべきものなのだ。おめでたいことだが、きっと大半の人間がそう思っている。
ある意味でそれは間違ってはいない。正しくもないが。ただ、本来そうあるべきであることは確かだ。願わなくとも、戦わずとも、平和は普遍的にそこにあるもの。そうであれば、この世はきっと幸せだ。惜しむらくは、そんなことがあり得るはずがないという現実だった。
ノートはいつの間にか落書きだらけになっていた。普段ならきちんと綺麗にノートを取るのだけれど、どうしてもこの内容だけはまともに受ける気になれない。
すべてが間違いだとは云わないが、それにしたって改ざん美化誇張されすぎている。
ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ
当事者から云わせてもらえば、これは復習にもならない作り話でしかなかった。
それに、私がまともに話を聴くつもりになれないのは、もうひとつ理由があった。
いくら作り話でしかないとはいえ、その話は実際をもとにして作られているわけで、ならばそれなりに当時のことを思い出してしまう。
嫌でも、思い出す。
3年前のこと。
あの紋章のこと。
あの子の、こと。
そもそも歴史というものは前提として過去である必要があるのだ。
しかして実際にはまだ3年しか経っていない。一体私たちは何百年も一緒にいたというのに、その思い出を、あの子を忘れるのに――あるいは過去のことだと割り切るのに――3年は短すぎる。私は、まだあれを過去の出来事として受けとることができていない。つまり、歴史とは思えない。
私にとってはまだつい最近の出来事なのだ。ともすれば昨晩見た夢かとも思うような、鮮明でありながら朧気な、そんな出来事。けれどまぎれもない真実で現実で、世間的には過去だというからやりきれない。
頬杖を突きながら授業を受けるなんてことはしないが、黒板と先生を眺めながら、柄にもなく早く授業が終わらないかな、と思った。

落書きだらけのノートの角に、小さく綴られた名前。
3年前を境に、一切口にしなくなった名前。
テッド。
私はまだ、あの子を忘れられない。
正確には、あの子を失った痛みを忘れられないまま、私は今ここにいる。










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というわけで、始動。なぜUからなのか…まぁ、Tと平行に進めるつもりです。
ネタバレもあるから、Tから読んだほうがいいかな…笑