死なずの君。
世界の理。
全知。
運命の傍観者。
そう呼ばれるようになってどれほどの時間が経つのだろう。
時に敬意を、時に敵意を、時に好意を、時に悪意を込めて、人々は私をそう呼んだ。
もしかしたら、今となっては理由なんて知らないまま呼ぶ人のほうが多いんじゃないだろうか。何せ、どの二つ名も数百年、長いものでは数千年以上前に付けられたものばかりだ。まぁ、死なずの君、は、私を目の当たりにしたことがあればわかるかもしれないが。
ともかく私は、長い間をこの二つ名たちと共にした。
そして、私は自分のネームバリューも充分知っていた。
だからこそ、私は堂々と名乗りを挙げたのだ。






Das Gluck, das die Welt uberblickte U‐10





「ほれ、雑魚でも我慢して相手しちゃるから、かかっといでよ」
あまりにふてぶてしく云い放たれたので、もはやプライドもクソもなく王国兵は言葉を失った。
貶されているのはわかる。馬鹿にされているのもわかる。
しかし、本来ならばこんな場面では目の前の『小娘』は、王国兵を前に泣いて喚いて許しを乞わなければならないはずだ。
断じて―――断じて自分たちが圧倒されるなど、あってはならないのだ。
しかし、堂々と自信に溢れ不敵に笑う『小娘』を前に、まともに動ける者はいなかった。
怒りや苛立ちは頂点に達そうというのに、その反面である種の神々しさを感じている自分たちを、自覚せずにはいられなかった。絶対不可侵な存在を見ている気分になるのだ。
デマントイドの流れる髪。
エメラルドが煌めく切れ長の瞳。
不敵に笑う、形のいい桜色の唇。
すべてを美しく際立たせる大理石のような白い肌。
すらりとした肢体、均整の取れた長い手足。
なまじっか見てくれが最高に美しいので、その手に握られた朱塗りも鮮やかな棍だけが異様に浮いている。
先程までは受け身一方でいただったが、宣戦した以上、もうあちらの攻撃を待ってやる必要などなかった。例え相手が隙だらけの弱者でも、目の前の敵ならば関係ない。は敵と見なした相手には容赦がないのだ。
かすかに笑ったあと、フッと軽く息を吐き出し、は地面を蹴った。
10メートルほどの距離を一気に縮め、棍をしならせまず右の5人の弓矢隊を蹴散らした。残らず弓矢を叩き折ることも忘れない。
反射的に反対側の弓矢隊はを狙おうとしたが、すぐ傍には仲間の王国兵もいるので迂闊に放てない。そしては一瞬生じた躊躇いの時間を見逃してやるほど親切でも優しくもなかった。瞬く間に左の弓矢隊に急迫し、棍を勢いよく跳ね上げる。実は風の魔法も同時に発動しているので、こちら側の5人もあっという間に片付いた。しかもそれだけの動きをしていながら、呼吸はまったく乱れていない。至って平然と棍を肩に乗せて、冷たく王国兵を眺めていた。
その時間、実に10秒。
恐ろしいまでの早業だ。今のの動きすべてを目で追えた者など、傍観している旧友以外にはいなかっただろう。
短時間に地面に這いつくばることを余儀なくされた同僚たちを目の当たりにし、王国兵は漸く自分たちの相手がただの『護衛者気取り』の『小娘』でないことを認識した。遅すぎるのだが、それが自分の天命なのだと諦めるしかないだろう。
合計10人の王国兵を蹴散らしたは特に場所を移動しようとしなかったので、今は王国兵の隊列を分断する形で、中央にいる。左右には、倒れた弓矢隊。前後には、殺気も露な剣・槍隊。更にその後ろには魔法隊が控えている。
針を突き刺すような鋭い殺気の中、は平然と棍を担いでいた。
さてそろそろ本気でかかってくるかとぼんやり考えていたので、ひえ、という微かな悲鳴が王国兵から上がったのは意外だった。
前線で剣を構えていたその兵は、紙のように白い顔でガタガタと震えていた。
「お、おい、どうしたんだ?」
見かねた同僚兵の声が聞こえていたのかどうかは怪しいところだ。
震える焦点をに当て、恐怖に取り付かれたような茫然自失の呈で、漸くぽつりと呟いた。
「あの髪の色、眼の色、棍の色・・・・・・」
「何?」
「それに、あの桁違いの強さ。ま、間違いない、だ・・・!!」
「だからなんだ!さっき自分でそう名乗ってただろうが!!」
「違う!!そうじゃない!!なんだ!!なんだぞ!!?」
苛立たしげに問う同僚を、半狂乱になって怒鳴り返す。
ああ、と。
の形のいい唇は、ゆっくりと弧を描いた。
知っているのだ。あの兵は。
という存在を。
「お前たちだって、耳にしたことがあるはずだ!!傍観者!冒涜者!真理!!ああ、くそ!なんであんなのが都市同盟にいるんだ!!」
「本人目の前にしてあんなのとは云ってくれるねぇ」
堪らずツッコミを入れたが、彼の耳には届かなかったらしい。
代わりに、後ろにいた他の王国兵がざわめきだした。
「・・・ちょっと待てよ・・・」
「まさか、あの・・・?」
「う、嘘だろ・・・!」
「いやしかし、特徴は一致するし・・・」
いやはや、なんともむず痒い気分だった。まるで有名人扱いな反応に、は苦笑した。
恐らく彼らは知識として彼女を知っていたのだろう。
しかし、そんなものは語られる歴史の中の存在であり、ましてや自分たちの敵として現れるなどとは予想してもみなかったのだ。
夢ではないか、夢であれと自分の頬をつねる者も何人かいたが、当然痛い。何故ならこれは現実だからだ。
一度認識してしまえば、あとはもうなし崩しだった。
瞬く間に王国兵の中に動揺が走り、途端に引け腰になる。王国兵としての威厳など、もはや見る影もなかった。
しかし、浮き足立った王国兵たちを許してやるつもりなど、もはやにはない。
にんまりと笑う。
王国兵は青褪める。
「一応私のことは知ってるのね」
くるりと棍を回すと、面白いように王国兵は後退った。
「でもね」
笑う。

「もう許してやんないから」

グリンヒルを踏みにじり、市民を怯えさせ、テレーズの心を傷付けた王国兵を、は絶対に許さないと決めた。
例え、それこそ泣いて喚いて許しを乞うても、土下座しようが何しようが、グリンヒルを侵略した事実はなくならない。
ミューズの惨敗兵を策として使ったところで終わっていればまだよかった。しかし、こともあろうにテレーズやグリンヒルの優しさにつけこんだ策を使ったその時点で、すでに王国兵はの敵だったのだ。
情状酌量の余地はすでにない。今更許す道理などどこにもなかった。
「恨むならあんな策を使った自分たちの指揮官を恨みなさい。王国兵として従事することを決めた自分を恨みなさい。グリンヒルの市民やテレーズ、まして私を恨むなんて、御門違いもいいとこだからね」
そんな無茶なという叫びは声にならない。今口を開けば恐怖に怯える悲鳴が出る気がしてならなかった。
彼女の笑顔は女神のように美しいが、その美しさは戦女神のものなのだ。
そこには最早、慈悲や慈愛はない。
「さて、残りはあと40人てとこね。あんたら程度の実力じゃあ100人いたとこで準備運動にもなんないけど、まぁいいわ。まとめて全部相手してやるから」
そして女神は、これまでで最高の笑顔を描いた。
「さぁ、かかっといで、若造ども!!」


数人残った王国兵が尻尾を巻いて逃げるまで、そう時間はかからなかった。
残念なことにのすぐ傍にいた剣隊が棍に叩き伏せられ、それに巻き込まれた槍隊の何人かが倒れたのは一瞬のこと。ギリギリのところで巻き添えを免れた残りの槍隊と、その時点では無傷だった魔法隊は、接近戦は不利だと漸く気付いたらしい。急いで後退して距離を開け、今度は魔法隊が攻撃を開始しようと詠唱を始めた。これならば防ぎようがないとでも思ったのだろう。
しかし、彼らはという存在を知らなすぎた。
彼女はなのだ。残念なことに。
彼女の前に、下級紋章の存在など無力に等しいことを、彼らは知らなかったのだ。
彼らが選んだのは攻撃力の高い雷の魔法だった。短い詠唱のあと、目掛けて杖を振った。
が、何も起こらない。
再度詠唱。
杖を振る。
またしても何も起こらない。
「な、なんだ!!?どういうことだ!!」
実際力の発揮出来ない魔法隊も、かなりの勢いでそれに期待していた槍隊も、事態を把握出来ずに半狂乱になった。
その様子をはおかしそうに眺めている。詠唱を止めさせようとは一切しなかった。
見咎めた王国兵の一人が、怒鳴り付ける。ある意味勇者だ。
「貴様何をした!!!」
が、その台詞は少々まとはずれだ。
は何も、していない。
やれやれ、と首を振る。
「だからちゃんちゃらだっつってんのよ。認識がまだ甘いみたいねぇ」
「なんだと!」
激昂した兵に、意地悪くにんまりと笑う。

「あんたらゴトキのカス魔力が、私の魔力の前で発揮出来るはずないってこと」

カス。
一応王国兵の中でも特に魔法隊に所属するのだから、それなり以上に魔力はあるはずなのだが。
可哀想なことに、にとってはカス同然なのだった。
「じゃ、お手本見せてあげましょうか?」
全力でお断りだったが、無情にもは笑顔で手を突き出した。
「雷の魔法ってのは―――」
手先にパリパリ、と静電気が見えた。
そして。

「―――こうやるのよ!!」

一瞬で全身に雷に似た閃光を纏ったかと思えば、それらは次の瞬間には残らず王国兵に向かっていた。あまりの速さに避ける暇もない。敢えなく魔法隊は全滅し、残っていた槍隊もほんの数人を残し、雷に撃たれて倒れてしまった。
運よく雷の直撃を免れた兵は、可哀想なくらい震えて立ち尽くしていた。手にしていた槍を落としていることには恐らく気付いてないに違いない。
「あれ、当たらなかった?久々すぎて手元が狂ったかなぁ?やっぱ詠唱破棄は精度が落ちるのかしら」
「・・・う・・・・・・」
「鵜?」
「―――うわぁぁあぁ!!!!!!!!」
あれだけの魔法を、しかも詠唱破棄で放っておきながらは平然としていた。普通ならば魔法の反動があるはずだし、まして例え下級魔法であっても詠唱破棄は無茶、いわゆる反則技なのだから、その反動は計り知れないはずだった。
にもかかわらず、これだ。
途中無様にずっこけながらもから逃げ出したくなる気持ちもわからないでもない。
そんな気の毒な王国兵の後ろ姿をは指差して笑っていた。最悪である。
「王国兵が聞いて呆れる!あれならその辺のやんちゃ坊主のほうがよっぽど度胸あるじゃないの」
「お前は鬼か」
よりにもよって、そんな子供と比べるなんて。
呆れた声は、聞き慣れたものだった。はゆっくりと声の方向を振り返る。
鮮やかな青いマントを翻しながら近付いてくる人物に、は馴染みがあった。
3年前の戦争で共に戦い、同じ傷を負い、同じ罪を背負った、友人。
フリックだった。
「あんなもん目の当たりにしたら、誰だってビビるだろ」
「それにしたって、あれじゃまるで話になんないでしょうが。カスもいいとこ。っていうかさぁ」
両手を腰にあて、深々とため息を吐き出す。
振り返ってみて気付いたのだが、これは予想外だった。

「なんでテレーズ、まだ逃げてないの?」

呼吸も忘れてを見つめていたテレーズは、いきなり話題を振られてハッとした。少し焦ったように云う。
「逃げます。でも、あなたも一緒に」
「それはダメ。却下よ」
「な・・・何故です!?」
「ちょっとそこの青雷さんよぉ。空気読んでテレーズ連れて逃げてなさいよ!このKY野郎!!」
「悪かったな気が利かなくて。つーか、青雷って云うなよ!」
!」
先程までばったばったと王国兵を倒しまくっていた強者は、目をつり上げた美人市長代行に怒ったように名前を呼ばれてヒィと肩を竦めた。戦士の面影など見当たらなかった。
テレーズの目にもが強いのはよくわかった。
しかしここにはまだ大勢の、百や2百どころではない、それこそ数千の王国兵が残っているのだ。
そんなことがわかっているくせに、自分にだけ逃げろと云うがテレーズには信じられなかった。
納得出来ないとばかりに食い下がるテレーズに、は根気強く云った。
「いい?テレーズ。いくら私でも、ここにいる王国兵全員を倒すことは無理よ。仮に出来たとしても、その時はグリンヒルが地図から無くなるでしょうね」
「だったら!」
「だから、聞きなさい」
静かだが、力のある声だった。
テレーズは思わず口をつぐみ、の言葉を待った。
「全員を倒せない以上、今は逃げるしかない。そして今後グリンヒルを立て直すにはテレーズが必要不可欠になるのはわかるわね?つまり、テレーズはここで捕まるわけにはいかない。絶対に」
「それは・・・」
「私は陽動なの。あんたが無事に逃げるための陽動なのよ。心配しなくとも、頃合いを見て追いかけるから、大丈夫」
はいそうですかと頷いてしまいたくなるほどあっけらかんと云ってくれるが、陽動とは、つまり囮だ。囮が危険であることくらいテレーズにもわかる。
しかし、同時にの云うことが正しいこともわかるのだった。今後のグリンヒルのためにも、今テレーズは確実に逃げなければならない。けれど、を囮にしてまで逃げるのは苦しすぎた。
テレーズの葛藤を見抜いたのか、は優しく笑うと自分の耳飾りに手を伸ばした。そして取り外したそれを、テレーズの手を取って握らせる。
「私は絶対に追いつくよ。約束する。だからこれは約束の証。次に会うときに返してよ?私の大切なものなんだから」
「・・・・・・・・・」
「ね、テレーズ」
それでも尚迷っているテレーズに、は茶目っ気たっぷりにウィンクした。

「私が今まで、約束を違えたことなんてあった?」

テレーズは考える。
どんなときも、どんなことでも、は絶対に約束を違えたりしなかった。いつでも全力で約束を守ってくれて、最後には、ほらね、大丈夫でしょ、と笑うのだ。
出会ったときから変わらない、という人物の性格を、テレーズは知っていた。一度交わした約束はどんなことでも守ること、そして、彼女が大丈夫だと云えば、それは本当であること。
渡された耳飾りを見る。が肌身離さずつけていた、細かな細工の施されたもの。冷たいはずのそれが、どこか暖かく感じた。
「・・・わかりました」
呟く。
は決意した。
ならば、自分だって。
「先に行きます。でも、。あなたもきっと」
力強く頷いたテレーズに、は自信満々に笑いかける。
「はやく追い付かないと、この耳飾りがどうなっても知りませんよ」
「あれっテレーズなんか黒いよっ?」
「あなたの受け売りです」
「そうきたか・・・」
そして2人は、目を合わせると声を上げて笑った。久し振りの、本当の笑顔だった。
ひとしきり笑ったは、さて、と民衆の中から一人を見つけた。声をかける。
「リオウ!」
「は・・・はいッ!!」
完全に見物人のようになっていた若き新同盟軍リーダーは、突然名前を呼ばれ、若干裏返ったような声になって返事をした。ちょっと恥ずかしい。
しかしは気にしない。至って簡潔に、至って当然のように。ニナの去った学食のテラスでのように。
用件だけを、告げた。
「テレーズのこと、頼んだわよ」
ハッとして、思わずフリックを見る。しっかりと頷かれた。
を見つめる。
この人なら大丈夫だと、思った。
「はい!!」
リオウは力強く頷くと、ナナミやアイリと一緒にテレーズを連れ、ニナの案内で森に走って行った。誰も振り返りはしない。
やがて全員が完全に森に消えていったことを確認すると、は満足そうに笑った。
これでいい。
あとは市民を学園内あたりに匿って簡単な防護結界でも張っておけば、当面は遠慮なく戦える。
が。
「なーんーでーお前は残ってるのかなァァァ?」
の隣にはフリックがいた。テレーズには同行しなかったらしい。
仮にもリオウたちの保護者という形で来ていたのにそれでいいのかと思うが、リオウたちにはテレーズとシンという大人がいるので大丈夫、と胸を張った。
多分そういう問題ではないが、面倒だったので何も云わなかった。ただ小さく、ため息をつく。
「足手まといなら消えなさいよね」
「酷ぇのな、お前」
「冗談じゃないんだっての」
軽口を叩きながら、フリックはすらりと剣を抜く。オデッサ。太陽の陽を浴びた剣身は、宝石のように美しかった。
ちらりと横目に見たは、一度きつく目蓋を閉じた。まるで昔を思い出すかのように。
けれどそれは一瞬のことで、すぐに棍を構えた。
「手を出すのは構わない。でもひとつ誓いなさい」
「なんだ?」
一呼吸置いて、云う。

「殺さないこと」

驚いてをまじまじとみた。
それから、が倒した王国兵を観察する。よくよく見てみれば、彼らは誰一人として死んではいなかった。全身を強打したり骨が折れたりはしているだろうが、致命傷となるような傷を負っている者はいないし、雷の魔法にしてもうまい具合に力を気絶する程度に調整したのだろう。どうやら一人も死んではいない。
「それが出来ないなら、今すぐテレーズを追いかけなさい」
「お前・・・」
「つーか、一人でも殺したらその場でその剣へし折るから」
「やめてくれ」
ならばやりかねないから恐ろしい。
咄嗟に剣を引いてしまったが、慌てて構え直す。は失笑していた。
「わかった。わかったよ、くそ。難しい注文ばっかりしやがって」
「だから無理すんなっつの。自信ないなら帰れよ」
「お前ホンット可愛くねぇな!」
「可愛くなくて結構」
ふんと鼻を鳴らす。
王国兵が大勢やってくるであろう階段を見据えながら、内心は呆れていた。
まさか、またこの男と肩を並べて戦う日がくるなんて、思ってもみなかった。いや、それを云うなら自分が再び戦場に舞い戻ること事態、予想外の極みなのだ。
二度と棍を振るうものか、二度と戦うものかと思っていたのに。
結局、戦争は自分を放っては置かないのだ。
ならばもう諦める。今まで散々逃げ回っていたのに、それでも逃げ切れなかったのだから、諦めるしかないだろう。
諦めて、そして護りたいもののために戦う。
殺さずに戦うことは、きっと甘い。
けれどは決めた。少なくとも、自分の手で人の命を掠め取るのだけは、絶対にしないと。
きつく棍を握り締め、ゆっくりと息を吐き出す。まるで3年前の感覚が戻ってきた気がする。
ちらり、と隣にいるフリックを見やる。これも、3年前には慣れた組み合わせだ。
彼は、変わった。変わっていないが、確かに変わった。
変わらないのは、立ち止まりっぱなしなのは、自分だけだ。
「―――来るぞ」
周囲の気配が一気に張り詰める。恐らく今度は、先程のラウド隊のような雑兵隊ではない本隊がやってくるのだろう。
気配を探って人数を確認しようとして、途中でやめた。数えるのも馬鹿らしくなるほどいらっしゃるようだ。
「呆れた。女子供追うのにけしかける人数?」
「子供って誰のことだ」
「リオウとかニナとかのことだけどってテメェ喧嘩売ってんのかコラ」
「確認しただけだろ。怒りっぽいのは年な証拠だ」
「よぅし、脱出したらまず最初にぼっこぼこにしてやるから覚悟しろ」
「そんな覚悟はしたかないね」
叩く軽口とは裏腹に、武器を構える2人に隙はない。
真っ直ぐ前を向く姿は、すべてを翻弄する力を持つ優秀な将のものだった。
棍と剣。
朱棍とオデッサ。
とフリック。
3年前、名だたる剣豪や棍の使い手をして最高と云わしめた黄金コンビだ。
とても3年のブランクがあるとは思えないほど、2人の空気はぴたりと一致している。なんだか懐かしかった。
微かに聞こえていた金属音は、やがてはっきりと耳に届くほどになった。鎧と剣が歩く音。追っ手はもうすぐそこまで迫っていた。
今のとフリックの役目はあくまで陽動だ。テレーズやリオウたちが無事にグリンヒルから脱出するために、少しでも長く多くの王国兵を引き寄せておかなければならない。とても危険な役目だ。
普通なら、笑って大丈夫、などとは云えないような役目なのだ。何故なら当然ここは敵兵の中心、敵の占領地の真っ只中。孤立無援にもほどがあるほど絶望的な条件下で戦わなければならない。
だというのに、が笑っていれば、大丈夫だと笑えば、なんとかなるんじゃないかと思ってしまうのは不思議だ。
それについてフリックは、もう考えないことにしていた。がいれば、自分は強くなれる。それだけで充分だった。
耳障りな金属音は、ややあって視覚も伴うほどになった。公園を目指し進む兵は、もはや百や2百ではない。
思わず2人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
「来たねぇ。人がゴミのようだわ」
「お前、人を見下すのうまいよな」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ」
「うふふ。さぁて」
先鋒はすでに2人の目の前まで迫っている。今度は迂闊に近寄るような馬鹿な真似はせず、一定の距離を保ってこちらを伺っていた。見れば魔法隊も織り混ぜているようだ。
短時間で編成したにしては、なかなか優秀な判断だと云えるだろう。もっとも、レオンがいるから可能だったということもあるだろうが。
しかし、そんなことは関係ない。
今はただ、王国兵を引き寄せて置くことが目的であり、何も倒さなければならないわけではないのだから。
2人と王国兵の間に、乾いた風が吹き抜けた。
真っ直ぐ前を見たとフリックは、特に言葉は交わさないまま、棍の先端と剣先を軽く当てた。

「いっちょ派手にやるか!」

それは戦闘開始の合図だった。
2人は一気に地面を蹴り、前に飛び出す。
止められるものは何もなかった。
戦場の女神と、青雷のフリックを止められるものなど、どこにもいないのだ。


見事陽動としての役目と、王国兵の大部分に大きなダメージを与え、満を持してグリンヒルを脱出した2人がデュナン湖畔の新同盟軍本拠地にたどり着くのは、リオウたちが到着した翌日のことだった。










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長かった!
一応グリンヒル編はここまでになります。リオウほとんど役に立ってないね。主人公なのに・・・!(笑)

とゆうわけで、次回は本拠地到着後からの話になりますが、ここで一旦Uはストップして、Tを進めたいと思います。書いてる私は楽しかったけど、Tの話を踏まえないと理解不能なところが多すぎて(笑)自分の書きたいところを先に書いちゃう癖自重\(^O^)/

では、次はTをよろしくお願いします^^