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テレーズ市長代行が行方知らずとなり、どれほど経ったろうか。依然として彼女が見つかる様子はなく、グリンヒルを探し回る王国軍兵には段々苛立ちと焦りが見え始めていた。それもそのはずで、首尾よく市内を制圧出来たところまではよかったが、肝心な相手を取り逃がしてしまったのだ。しかも、どんなに血眼になっても見つからないし、市民は何も吐かない上に反抗的とくれば、苛立ちや焦りもさぞや募ることだろう。 ご苦労なことだ、とニューリーフ学園の市内に面し辺りを一望出来るバルコニーに腰掛け、ラロルは笑った。 どうせ見つからないのだ。それなのに上官の命令を遂行しようとする雑兵たちはいっそ憐れだ。どう考えても無理難題な命令に、しかし下っぱは逆らうことが出来ない。そうして不満を云いながら働く。ただその部分だけは尊敬に値するとラロルは評価していた。恐らく天地がひっくり返ったところで自分には出来ない芸当だからだ。出来ないというより、もとよりそんなつもりがないだけかもしれないが。 ところがこれまで比較的穏便にことを進めてきた彼らだが、最近になって、痺れを切らしたのか少々力業に訴え始めたのがラロルの引っかかりだった。店を荒らす、道を無駄に占拠する、学園に口出しする、王国軍への協力を強制する。それならばまだいい。許せるかどうかはこの際別問題として、それならば、まだ市民は傷付かない。しかし、最近はどうやら若干市民が負傷するケースが出てきているらしい。ついこの間、酒屋の店主が頬を腫らせていたのをラロルは目撃した。 その瞬間ラロルは勢いで王国軍兵に殴り込みに行きそうになったが、ギリギリのところでシンに止められ思い止まった。表立って暴れれば、今はこちらが不利になることは明白だった。何せ市内には王国軍兵がうじゃうじゃいて、市民はある程度の不便をしつつ普通通りの生活を送っている。その市民を人質にでもされたらこちらは手出しが出来なくなってしまう。 今後のことを考えても、今はただ耐えるしかない。わかってはいても、ラロルはただ黙っていることが出来なかった。 彼女を受け入れたグリンヒル。 彼女を受け入れた市民。 彼女を受け入れたテレーズ。 ラロルはテレーズのために、彼女の幸せのために働くことを決めていた。 あの優しい娘の愛したグリンヒルを、あの賢い娘を愛したグリンヒル市民を、護ると決めた。 バルコニーから見える市内は、一見いつもと変わらない。しかし、ちらほらと見える銀光の甲冑が異様に浮いていた。エメラルドを細めながら、ラロルはそれらを睨み付けた。 邪魔するな。 この人たちの日常を、平穏を、幸せを、じゃまするな。 声にならない怒号は、行き場を探して空に散っていった。 嫌味なくらいの青色は、今も昔も変わらないままだった。 -------------------- 本編には程遠いような、序章が続きますね…。はやくみんな出したい。 |