「世界をひとつに、未来をひとつに」 誰もが口にして、誰もが願うこと。 |
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についてわかったことは、別に無口なわけではないということだ。確かに自分から話題を提供することはほとんどないが、こちらから話しかければそれなりに会話のキャッチボールは成立する。 気付いたのは、コノンが仕事を教え始めて二日目のことだった。 「………」 「……………」 「…………」 沈黙。 「……………ねぇ」 「……?」 黙々と本の整理をすれば、仕事は早く終わる。その分休憩が出来るから、ありがたいには違いない。 元よりコノンとて口数が多いわけでもない――と本人は思っている。実際は知らない――ので、例えファーガスと一緒に仕事をしていても、ペラペラと私語を叩いていることもない。 しかし。 それにしても、まったくの無言で3時間というのは、異常ではないだろうか。 一人で仕事に当たっているならともかく、ここにはコノンと、二人の人間がいるのだ。 だというのに。 「君、少しは会話しようって努力とかしないわけ?」 自分は棚上げである。 どうでもいい弁解をするならば、別に仕事に飽きたわけではない。ただ、同じ空間を共有しているにも関わらず、不必要なまでに無言が続くことに耐えきれなくなったのだ。 おかげさまで仕事は粗方終わっていたし、まぁ、実のところ仕事に飽きてきたというのはどうしようもない事実だった。彼はそれほど真面目な人間ではない。 丁度手に持っていた本も片付いたところでもあったので、コノンは3時間振りに言葉を発したのである。 「………」 「ほら、何にも云わない」 本を半分ほど棚に入れた状態で話しかけられたは、その格好のまま、首だけコノンを振り向いていた。若干辛そうな体勢な気がするのだが、表情が変わらないのでよくわからない。 暫くその格好で固まったあと、漸く思い出したように残りの部分を棚に押し込んでから、やはり細い声では云った。 「何を話せばいいのか、わからない」 「はぁ?」 「……ミーシャ以外と話すのは久しぶりだから」 「誰だよミーシャって」 「私に仕えてくれてる召使」 おや、と思ったのだ。予想外に、しっかりとした答えが返ってきたのが、意外だった。淡々とはしているが、特に突き放すような冷たい云い方ではないし、むしろらしい話し方であるように思えた。 どうせなので、コノンはとの会話を続けてみることにしたのは、単なる気まぐれだった。 「じゃ、いい機会だから、そのミーシャとやら以外と話す練習でもしたら?」 「………」 「なんでまた黙るかな」 「……あなたと?」 「不満?」 するとは、少し考えるように視線をさ迷わせ、云う。 「でも、私あなたのこと、知らないわ」 血が出るほど固く拳を握り締めたコノンを、そのまま手を出さなかったことを褒める者はいても、大人気ないと呆れる者はいまい。 云うに事欠いて。 云うに事欠いて、前日には仕事を一から五くらいまで教え、今日に至っては残りの仕事を教え、無言とはいえ3時間も一緒に仕事をしたコノンを、は知らないのだという。真顔である。ふざけてはいないのだろうが、逆に腹が立つのは気のせいだろうか。 「じゃあ自己紹介でもしてあげようか?」 「お願い」 嫌味だったのだが。 迷いなくお願いされてしまい、困惑したコノンだった。 だが不思議なことは続くものらしい。 「……名前はコノン」 「知ってる」 「25才」 「私は24」 「趣味はない」 「私も」 「協会の司書」 「私も」 「以上」 「……それだけ?」 「何を聞きたいわけ?」 「特にないけど」 「じゃあ代わりに君が自己紹介してみなよ」 「えっ」 「そしたら僕も同じこと答えたげる」 「…………」 「ほら、なんかないの?」 「……わかった」 「何が」 神妙に頷いたは、真顔で云った。 「コノンは性格が悪いわ。」 対するコノンは、片頬をひきつらせながら笑う。勿論純粋な笑顔ではない。 「よくわかったね」 邂逅の瞬間だった。 ***** 「新しい司書」 ディアドラが不在の場合、受付業務は司書の仕事となる。そんなことは滅多にないのだが、今日はたまたまその珍しい日に当たった。 受付とは、図書館の顔となる重要な仕事である。入館者がまず眼にする人物だし、本の検索などを引き受けるのもほとんど受付なのだ。そんな役職にまさかノーヴァのような完全武装した人物を割り当てるわけにもいかず、華やかさの問題から一人はソフィア、仕事慣れの面でファーガスが本日の受付担当となっていた。 丁度、街が昼どきとなり館内の利用者が疎らになり始めた頃だった。利用者名簿に目を通しながら、ソフィアが云う。 「見たわ」 「ああ…ディアドラが連れてきたとかいう」 「そう」 それが、と視線で問えば、ソフィアは小さく肩を竦めた。 「コノンはずっと彼女と一緒ね」 「世話役を仰せつかったようですよ」 「いいの?」 「は?」 「パートナー、取られるんじゃない?」 むしろ万々歳ですが何か。 喉まで飛び出しかかった言葉を、しかし想像以上の努力によって押し込めることに成功した。とんでもないことを云ってくれる娘である。 「彼女にコノンの世話が出来ればいいんですがね」 「……コノンが彼女の世話役なんじゃないの?」 「そうですけど」 どうなるのやら、と肩を竦めてみせると、ソフィアもファーガスの云いたいことを察してくれたらしい。何しろ協会の狂犬などと揶揄される男なのだ、コノンは。大人しくしているからといって甘く見ていると、そのうち思いっきり噛み付かれる。 そんなコノンの手綱を持っていたのは他ならぬファーガスだ。酷い貧乏籤だと思った。ディアドラからの質の悪い嫌がらせかと思った。 おかげでコノンと組むようになってから、ファーガスの気苦労は尋常でなかった。目を放すと何をしでかすかわかったものではないので、仕事中は勿論街を歩くだけでも注意しなければならないのだから、それも当然と云えるだろう。 ところが、ここ最近――ほんの2、3日程度だが――はそんな心配なく仕事に当たれていた。 何故なら単独で仕事に当たることが多いからだった。 ついでに、コノンを見かけること自体がが少なくなった。 良い傾向である。と思う。 自己弁護をするならば、ファーガスは決してコノンが嫌いなわけではない。非常に面倒な若造だとは思っているし、関わらなくて済むならそれに越したことはないけれど、決して嫌いなわけではないのだ。 ただ、気の合うところも不本意ながらあるものの、殊仕事に関して二人は正反対すぎた。生真面目なファーガスと、あくまで奔放なコノン。今までうまくいっていたほうが不思議なくらいだった。 コンビ解消は願ってもいない。が、彼のパートナーが自分以外に務まるのかというのは、疑問だった。自慢ではないが、あの狂犬を自分は上手く抑えていたほうだと思う。 へたに上から押さえ付けようとすれば絶対に全力で抵抗するだろうし、かと云って下手に出れば付け上がる。何とも難しい男なのだ、彼は。 やっと手を離せたと思ったら、やっぱり駄目でした、では困るのだ。どうせなら、しっかり手綱を引ける人物に交代してもらいたい。ぬか喜びにならないことをファーガスは心底祈った。 「そのまま、本当にパートナーになったらいいんですよ」 これはファーガスのまごうことなき本音であったが、本気ではなかったはずの、一言だった。 「……そうね」 ソフィアは小さく、微笑んだ。 ------------------------ つまりそういうこと。 |