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「ルカさま、お茶をお持ちしましたぁ!」 「…………貴様…何をしている」 「え?だから、お茶をお持ちしま」 「馬鹿者そう云う問題ではない」 頭が痛い。 思わずこめかみに手をやった。書類に筆を走らす手はとうに止まっている。 ルカは大きく溜め息を吐き出すと、行儀の悪さを自覚しつつ、たった今執務室に入ってきたを指差した。 「その、格好は、なんだ」 するとはきょとんとしてから、にっこりと笑って云った。 「何って、メイド服ですよ。」 そう云う問題ではない。 今度は言葉にならなかった。 どうですか、似合いますか、とスカートの裾を摘まんで回ってみせる。メイド服が似合うと云われてこいつは嬉しいのだろうか。というか、回るな。何がとは云わないが、見えるから。 ルカの頭痛は漸進的に増していった。知らぬは元凶であるばかりである。 一体どんな経緯なのかは知らないし知りたくもないが、はブライト家メイドが着用する服を身に着けていた。普段はスカートとは程遠いホットパンツやらハーフパンツやら、動きやすさを重視した格好を好んでいるには些か違和感を覚えずにはいられない格好だ。しかし似合わないのかと云えばそうでもない。色白の肌に黒を基調とした生地と白のフワフワとしたフリルはよく映えるし、短すぎず長すぎないスカート丈には好感が持てる。 だが、似合う似合わないはこのさい置いておいて、何故その格好でルカの前に出てきたのか。理由がいまいちわからない。 「さっき、シードに会ったんですけど、そしたら爆笑しながら『ルカさまのとこにも行っとけ』って」 あのクズが。 明日の早朝訓練は、直々に指導をしてやることを心に決めた。 だいたい、この姿を見せたところでなんになるのかルカには理解しがたかった。ルカにメイド服萌えの属性はない。確かにに対して甘い面はあるかもしれないが、だからと云ってこんなことで喜ぶはずがないのだ。シードは何を勘違いしているのだろう。あのクズが。(二度目) 「憧れてたんですよねぇ、メイド服!なんか、禁断の領域っぽくて手が出せないでいたんですけど」 願わくば、そのまま禁断にしていればよかった。嬉しそうに回るをみて、もはやルカにツッコむ気力はなかった。もう勝手に喜んでいればいい。 気を取り直してルカは書類に集中することにした。アレのことは忘れよう。視界から排除してしまおう。 だがしかし、はある意味天才だった。ことルカを乱心させることに関しては、恐らく世界一だろう。 「ご主人さま、お茶をどうぞ!」 ガリッビリリッ、と音を立てて紙が破れた。記憶の片隅に、確かこの書類はハルモニアの使者に渡す重要なものだったとあったが、そんなことがなんだと云うのだ。 今。 は。 ―――なんと云った。 「………なんの、真似だ…?」 数秒の硬直のあと、漸く絞り出した声は強張っていた。あらゆる我慢が詰まっていた。一体自分はいつからこんなに辛抱強い人間になっただろう。以前の自分ならば、呼んだ人間以外が部屋に入ってきた時点で斬り捨てていた。いや、そもそも、おもしろそうだと云う理由で人を拾うことすらしなかった。だからか、と思うと妙に納得出来るのだから、まったく呆れたものだ。 ゆっくり顔を上げてを見れば、若干照れたように頬に手をやっていた。 「メイド服着たら、一回やってみたかったんですよ、これ」 「そうかだったらシードでもクルガンでもレオンでも捕まえてやってこい。俺にはやるな。気の済むまで他のやつらにやってこい。俺が許す」 「別に他の人にやりたかったわけじゃないですよぅ。ルカさまに!やってみたかったんですったら」 んもうわかってないなぁ、と頬を膨らました女を殴りたい衝動に駆られた。が、ここで手を上げたら負けな気がする。 しかし、ニヤリ、とルカは歪んだ笑顔を浮かべた。は完全に浮かれている。こちらの気も知らないで。ここいらで、少し灸を据えてやる必要があるだろう。 未だにうきうきとして紅茶を淹れるに、そっとルカは近付いた。普段ならば気配には敏感なも、今は隙だらけだ。 一歩。二歩。まだ気付かない。三歩。そして鼻歌交じりに紅茶を淹れ終わったが振り向くその一瞬前に。 「ぅあっ!?」 右腕は腹部に。 左腕は頸部に。 それぞれ器用に――見ようによっては非常にいやらしく――巻き付けた。簡単に云えば、後ろから抱き締めている状態だ。 そうしてグッと唇をルナの耳元に近付けて。 「―――メイドらしく、奉仕でもしてみるか?」 (しっ、しませんよそんなの!) (ほう、メイドが主人にその態度か?) (私メイドじゃないです!てゆうか、ルカさまメイドさんにいつも何やらせてるんですか!?やらし!さいてー!) (なんだ、知りたいのか。仕方ない、直々に教えてやるとしよう。感謝しろ) (そんなの頼んでないぃぃ!) -------------------- ルカさまだって 人の子だもの! うちのシードは基本馬鹿です。 うちのハイランドは基本仲良しです。でっかい家族。 |