「ルカさまは、世界がお嫌いですか?」






クレイドール





普段のおちゃらけた雰囲気は一切鳴りを潜め、ルカを見上げ見つめるは別人のような表情をしていた。
シードとつるんでは悪戯をしているではない。
クルガンの仕事を邪魔しながら読書をしているではない。
ジルと仲良くお茶をして甘い菓子に大喜びしているではない。
ピリカと同レベルにはしゃぎまわるではない。
ルカに子犬のように付きまとって、邪険にされても笑っているでも、ない。
一歩分の距離を空けてとルカは向かい合っていた。正確にはルカは身体は前を向いていて、だけがまっすぐルカに向き合っている形だが、それは問題ではない。
ルカを見上げるの眼は、ルカの知らないものだった。サファイアを埋め込んだような鮮やかな青が、ほとんど瞬きすらせずにルカを見る。
そんなに違和感を拭えなかったが、そんな様子は微塵も出さず、ルカは平然と云い放った。

「嫌いではない」

これは、本当。けれど。

「憎い」

これが、本音。
嫌いだとか好きだとか、もはやそういうことではないのだ。
ルカにとって世界は憎悪の対象でしかなくなっていた。
初めはダレルが、ミューズが、ジョウストン都市同盟が憎いだけだった。母を汚した都市同盟の人間たちが。
そして、自分だけがおめおめと逃げ仰せた父、アガレスが憎かっただけだった。
けれどやがてその憎しみは世界へと向けられた。こんな醜い世界はなくなったほうがましだ。
ならば己が壊してやろう。
そうルカを狂わせた。

「世界を」

が云う。

「壊したいですか?」

を見る。冗談を云っているようではないらしい。
ルカは云う。

「壊してやる」

目標や夢や試みではない。壊す。それはルカにとっての確実な未来なのだ。
では、とは云う。

「壊したあとは、どうされますか?」

を見る。今度は見るというより、鋭く睨み付けた。
常人ならば竦んで動けなくなりかねない眼光を、しかしはものともしなかった。
しっかりと両眼で、正面からその眼差しを受け止める。並大抵の度胸ではない。
何せ、完全武装ではないといえ、ルカは帯剣しており、2人の距離はその居合いの中だ。
何かあれば即座に斬り捨てられかねない距離にいてなお、ルカの獰猛で残虐で凄惨な性格を知ってなお、ルカを逆撫でるような態度を取るなど、本来なら自殺行為以外のなんでもないはずだった。
実際これまでのルカならば、許可もなく口を開いただけで斬り捨てていただろう。
しかし、そうはしなかった。
否、する気がなかった。
不思議な気分で苛々するが、なかなかどうして不快ではないのだ。
ルカは答えずにいた。すると、もとから答えなど求めていなかったかのように、は云った。

「私は」

笑う。

「あなたが壊したあとの世界を、あなたの隣で一番最初に見てみたい」

そしてはその場に両脚を膝まづいた。額をタイルギリギリまで下げ、深々と。
まるでそれは、主に忠誠を違う従僕のように。
面食らったルカの心境などお構いなしに、は云った。

「ルカ・ブライトさま。私・フォワードが、貴方に喜びを献上し、貴方の幸せを至上とし、貴方の罪をこの身に背負い、貴方の咎をこの手であがない、貴方の剣となり、貴方の盾となり、貴方だけのために生き、貴方の望むものとなり、貴方のために命を捧げ、拝命に背かず、裏切らず、反逆せず、今後この命が尽きるまで、貴方だけにお仕えすることをどうか―――」

唄うような言葉だった。

「―――お許し下さい」

は頭を上げない。頭を垂れたまま、ぴくりとも動かない。
絶句とはまさにこのことだ。
今、何と云っただろう。何を云っただろう。
ルカがその言葉の意味を理解するには、たっぷり1分かかった。
の言葉を頭の中で何度も反芻し、噛み締める。それらが意味することは明白だった。
我知らず、口角が上がる。可笑しくて堪らなかった。何がと云われると困ってしまうが、とにかく可笑しくて可笑しくて仕方がなかったのだ。
暫くは我慢していたのだが、ついに堪えきれなくなってルカは声を上げて笑った。天を突くような、狂ったような笑い声が踊る。
その間、やはりは顔をあげることはなかった。相変わらず伏したまま、微動だにしない。
愉快な気分だった。ここ最近では一番愉快なことだった。
ひとしきり笑ってから、ルカは告げた。

「いいだろう。許す」

そこで初めてはぴくりと反応した。

「俺に従え。そして俺のために死ね」

ゆっくりと顔を上げる。
膝はついたまま、真っ直ぐにルカを見た。

「―――喜んで」

が、ルカの従僕になった瞬間だった。



世界が憎いと云ったあの人は、きっと誰よりも世界を愛していたのだ。
だからこそ、汚くて醜くてあざとい世界が許せなかった。
何より護りたいものがあるくせに、自分をも騙して、破壊と破滅と修羅の道を突き進んだあの人を、私はどんな形になろうとも支える存在になりたかった。











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狂皇子を信じた女。

20100404