非常に苛々する。 兵助が豆腐を食ってにやにやしているのが腹立つし(後ろから殴りつけたら豆腐にキスしていた。気持ち悪い)、ハチが虫の世話を楽しそうにしているのにも腹が立つ(全部脱走してしまえ)。空が青いことだってムカつくし、風が吹いてもムカついた。 当たり前がとても苛々する。オレは"当たり前"じゃないのに、オレを差し置いて"当たり前"な周りが非常に腹立たしい。 何か制裁を。悪夢から醒めたら地獄の底に布団をしいて寝ていたことに気付いて青褪めるくらい、ハッとするような凄惨な制裁を。 「・・・・・・三郎」 部屋の文机に突っ伏していると、背中から聞き慣れた声がした。 同学年、同クラス、同室、さらに、同じ顔。 不破雷蔵だった。 「そりゃあ気の毒だとは思うけどさ、もうちょっと自重しなよ?」 「何が」 「苦情、相次いでるんだけど。心当たりは?」 「なくもない」 「・・・・・・お前ね・・・」 気の毒に思うなら放っておいてほしい。いくら雷蔵でも、こればっかりはどうしようもないのだから。 深いため息をついたあと、雷蔵が笑った気配がした。首だけで振り返ると、呆れたように笑う雷蔵がいた。 「・・・・・なんだよ?」 「いや?いい傾向だなぁと思って」 雷蔵は時々意味がわからない。自慢するわけではないが自分は頭の回転がはやい。雷蔵は優秀だけど、オレには及ばない。なのにオレは、雷蔵の云うことを理解出来ないことがある。今もそうだ。まったく意味がわからない。 すると雷蔵は、怪訝に視線で問うオレをみておかしそうに笑い、云った。 「三郎が僕以外の誰かに心を許すなんて、思わなかったから」 とんでもない爆弾発言だ。よくもまぁいけしゃあとそんなことが口に出来るものだと思いつつ、確かにその通りだと納得出来てしまう。 入学してから四年の後半まで、自分が雷蔵以外の人間には壁を作っていた自覚はあった。それも、国を西と東に隔てているどこぞの壁に負けず劣らずの分厚い壁を。 乗り越えられないはずの壁を、しかし乗り越えてきた――いやむしろ、一人分だけ穴を開けて入り込んできた――人間がいた。 今ここにはいない彼女。 そのせいでオレの"当たり前"を奪った彼女。 「早く帰ってくるといいね」 むっつりと黙り込んで、また机に突っ伏した。 その通りだ。 早く帰ってこい。 「・・・・・・ずるい」 「うん?」 「あいつ、ずるい」 何が、と雷蔵は訊かない。云わなくても多分わかっている。 だから、困ったように笑った。 雷蔵しかいなかったオレのなかにすべりこんできて、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になって。なのに今あいつはいない。 だから、ずるい。 「もうじき帰ってくるさ」 雷蔵の声は優しかった。大切だけど、あいつに対する気持ちとは種類が違う。 目を閉じて、小さく唸った。 そうだ。 ―――早く帰ってこい。 |
欠乏、君
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(なんで学園長はあいつにお使いなんか頼むんだ) (兵助あたりに行かせとけ!) (ああ、お前がいないと、) -------------------- 付き合いたての三郎。 世話焼きの雷蔵。 とばっちり、久々知&竹谷。 20100401 再録 |