嫌だな、と思った。
本当に唐突に、嫌だと思った。

「嫌だなぁ」

「は?」

「・・・・・・嫌だ」

「何が?」

いきなりなんの脈絡もなしにそんなことを云い出した私を、兵太夫は怪訝に見返した。
いつもだったらイラッとするようなそんな仕草も今は気にならない。

「ちょっと、?」

よくわからないけど嫌なのだ。どうしようもない。嫌だった。

「・・・・・・、」

「嫌」

無性に泣きたくなった。

大声で、赤子のようにみっともなく泣き叫びたかった。

「嫌だ、嫌だ、やだやだ、嫌だ…っ」

私は兵太夫の腕を掴み、そのまま崩れるように座り込んだ。力が入らない。まるで他人の足みたいに重くて、呼吸がしづらかった。苦しい。

嫌だ嫌だと繰り返す私を、兵太夫がどんな顔で見ていたのかはわからない。けれど、彼らしくもなく戸惑っていたのだろう。それだけは、なんとなしに予想がついた。

私はただただ泣いた。
この場にいるのが兵太夫だけなのをいいことに、顔を歪ませて、ひきつった声で。
こんな私に、兵太夫は失望するだろうか。いつだって唐突で脈絡がなくて、気紛れな私。
なぜ兵太夫は私を好きなのだろうか。わからない。
出会いは酷く平凡で、忍たまとくの一教室との合同でたまたまペアになっただけ。それからすれ違えば挨拶をするようになって、なんとなく話すようになって、気付けば好きだと云われ、私も、と答えていた。

「兵太、いやだ、」

ねぇいやだよわたし




―――こんなわたしをあなたはいつか、おいてゆくのでしょう?





―――そうやっていつまでなまえをよんでくれるのですか?





―――いつまでわたしのそばにいてくれるの?



「・・・・・・大丈夫だから」



何を、と問う前に私の思考は停止した。
だって、兵太夫が。


「兵太、涙……」


泣いていた。

ああ、なんだ。






結局、君も。





(不安なのは、何も私だけじゃあなかったのね)










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不安定カップル


20100401 再録