人夢




思わず抱き締めていた。
抱き締めようだなんて、思ってはいなかった。
ただ、空を見上げた先輩が、なんだか遠くへ行ってしまうような、そんな気がして。思わず、手を伸ばしていた。

いつの間にか、私の身長は先輩よりも高くなっていた。
出会ったころは拳ひとつぶんは先輩のほうが高くて、いつか絶対追い抜こうなんて思っていたら、気付けば立場は逆転していて。もう今は、頭一つ分私のほうが高くなっていた。
そんな先輩のことを、抱え込むように抱き締める。最初すこし身動ぎをしていたけど、すぐにぴたりと止まって、なすがままにされていてくれた。多分、拒絶されていたらショックで立ち直れなかっただろう。

どれほどそうしていたのか、ホゥと梟がないたとき、小さく先輩が私の名を呼んだ。
「いさくくん」
「………はい」
「どうか、した?」
「…いいえ、何も」
「嘘」
「嘘じゃあ、ないです」
嘘じゃない。嘘では、ない。
けれどどうして云えるだろう、貴女が消えてしまうような気がして、気付いたら抱き締めていました、だなどと。とんだお笑い草だ。きっと先輩だって笑うに違いない。
ああ、なのに、貴女ときたら。
「伊作くん」
「はい」

「私は、いなくならないよ」

「、」
「だから」
ぽん、と先輩の手が私の背に触れた。
とても優しい手だった。
わけもなく、泣きそうになった。

「大丈夫よ」



お願いです。

もしも祈りを聴いてくれる誰かがいるなら、私はどんなに不運でも不幸でもいいから。


だから、

―――先輩をつれていかないで。





(ああけれど)

(願いは誰も聴いてくれなかった)










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いつでも悲恋にしたくなる伊作クオリティ\(^O^)/