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雨が好きな人だった。 梅雨になると、雨の匂いに誘われるように外に出ては空を仰いでいた。濡れますよ、と呼んでも笑うだけでこちらに戻ろうとはしなかった。いつか、そのまま彼女が雨の溶けてしまうような気がして、思わず後を追いかけたこともあった。 出会ったころは大きかったその背中は、いつの間にか同じくらいになっていて、もしかしたら身長も越してしまっていた。成長したのだな、と思う。見上げなければまともに見られなかった笑顔も、今や同じ目線で。少しだけ切なくて、少しだけ嬉しかった。 晴れが似合う人だった。 あの人の笑顔は人を勇気づけ、私を暗闇から救ってくれた。道に迷い、立ち止まり、俯いていた私の背中を押して、大丈夫だと云ってくれた。 柔らかな風に髪を靡かせ、微笑む姿はまるで菩薩のように酷く優しくて、その優しさに時折無性に泣きたくなった。だってそれはやけに輝いていて、だというのに、今にも消えてしまいそうなほどに儚くもみえたから。 梅雨の合間の晴れた日には、必ず屋根に登り、一日中そこで過ごしていた。 以前に一度そんな彼女に付き合ったことがあったけれど、本当に何をするでもなく、ただ空を見上げて微笑むだけだった。そんな横顔を眺めているのが幸せだった。 雨が降れば、晴れを見れば、脳裏を駆け巡るのはあの人の姿。 何度想い焦がれたことだろう。 もうすぐ、あの人が死んで最初の梅雨が訪れる。 ----------------------- 伊作は悲恋が似合う\(^O^)/ |