見慣れた後ろ姿を発見し、迷わずダッシュ。 とはいえ私もくの一の卵なわけで、無闇に足音を立てたりはしない。 しかも、驚かせる気満々なので、殊に注意を払って足音を殺す。 ぼんやりと歩いているその人は全くこちらに気付いていないようで、何だか楽しくなって思いっきり頬の筋肉が緩むのを自覚した。 そして。 「食ー満先輩ッ!」 「うぉッ!?」 大好きなその背中に、ダイブ。 スピードに乗ったまま飛びついたので結構な衝撃があったはずだが、先輩は数歩たたらを踏んだだけで転んだりはしなかった。さすが潮江先輩や七松先輩と並んで武闘派と云われるだけあって、身体は鍛えられているようだ。 なんて考えながら、更に体重をかけるべく爪先を浮かせると、ぐぇ、と蛙の潰れるような声がした。 「お前、重い」 「えっ、今先輩何て云いました?エッ・・・やだ・・・幻聴かなぁ・・・」 「おめでたい頭で何よりだ」 「褒めても予算あげませんよ」 「期待してないし褒めてない」 あっさりとそんなことを云うものだから、ちょっと意地悪。 抱き付くような形で食満先輩のお腹の前で組んでいた手をわきわきさせて、私のやらんとすることに気付いた先輩が慌てて離れてしまう前に。 「食らえーッ!!」 奥義、くすぐり地獄。どの辺が奥義なのかは気にしない方向でお願いしたい。 逃げようとした際に一瞬無防備になった脇を、思いっきりくすぐる。筋肉は鍛えられてもくすぐりへの耐性はそうそうつけられないだろうから、これは意外に有効だ。特に私は力がないから、食満先輩みたいな人相手のときに結構役に立つ。 まぁ、つまりそれはお約束みたいなものなのだけれど、食満先輩は毎回律儀に引っかかってくれるから楽しくて仕方ない。 「ちょ、おまっ、うははははは!!!」 「うりゃうりゃ!思い知れーッ!!」 「やめろってばか、おッ前・・・!!」 と、ここで拳骨が落ちるのもいつものことだけれど、痛みに慣れるのかと云うのは別な話だ。 やってやった感と同時にやられた感も押し寄せてくる。単純に、痛い。 「今、私の大切なシナプスが幾何か別れの挨拶にやってきました」 「良かったじゃないか」 「良いことあるか」 痛む頭をさすりながら軽く睨むと、食満先輩はしれっとそんなことを云う。くそぅ、さっきまでくすぐられて馬鹿笑いしてたくせに。 けど、こういうところも含めて全部かっこいい、なんて思ってしまうのだから、私もいい加減末期だと思う。 しかも、この人は痛い痛いと騒いでいると、その大きな手で今度は私の頭を撫でてくれるのだ。 用具委員長である食満先輩は、下級生が多い用具委員の中ではお父さんみたいな位置にいるから、きっとほとんど無意識に手を伸ばしてくる。こっちの気も知らないくせに、楽しそうに笑って『痛いの痛いの飛んでけ〜』なんて、と思う反面、やっぱり嬉しいんだからどうしようもない。 「で?」 頬の筋肉が緩んでるのがバレるのがなんとなく癪で、憮然としたままされるがまま頭をかき回されていたので、一瞬反応が遅れた。 「はい?」 「何か用があるんだろう?」 ぱちくり、と。まばたきを繰り返す。 さっきまでのやり取りの中に、私が先輩に用事があると思われる言動があっただろうか。 いまいちわからず首を傾げると、食満先輩まで首を傾げてしまった。 「用があったから呼んだんじゃないのか?」 ああ、と合点がいって、両手を打つ。そもそも呼び止めたところからだったようだ。 不思議そうに首を傾げたまま――不覚にも、ちょっと可愛いとか思ってしまった――の先輩に、しかし私は首を振る。 「特に用事とかはないですよ」 だって、歩いていたら偶然姿を見かけたから思わず飛びついたわけであって、つまり理由はないのだ。 強いて云うなら『そこに先輩がいたからだ』と云う感じなのだけれど。 っていうか。 「用がなきゃ、先輩に話し掛けたら駄目ですか?」 問えば。 先輩は、びっくりしたように目を開いて、それから何故か、大爆笑を始めた。 ふゆかいだ。 「いや、すまん。つい」 「フォローになってませんよぅ」 別に面白いことを云ったわけでも笑わせようとしたわけでもないのにいきなり爆笑されて、つい、なんて全くフォローにならない言い訳をされて、こっちが面白いはずがない。 さっきよりも一層不機嫌になって先輩を睨み付けたが、しかしゆったりと浮かべられた食満先輩の笑顔を見て、不満も何も一気に吹っ飛んでしまった。 「そうだな、用がなければならない理由はないな」 そうして、またさっきのように私の頭に暖かい手を乗せて。 けれど、さっきよりもずっと優しく撫でられて。 「お前なら、用がなくても大歓迎だ」 |
僕らの距離
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(何それ先輩、私期待しちゃうよ) (ここまで云えば、さすがのこいつも気付くだろ) -------------------- もしかしたらシリーズになるかもしれないけまけま 20100606 |