第一印象は、良くも悪くも。






僕らの出逢い





あれは私がまだ三年生だった時。
借りていた本の貸し出し期限が迫っていたため、期限の延長をお願いしに行ったのがそもそもの始まりだった。
私はそのとき兵法と火薬と武器の本をそれぞれ借りていて、内火薬と武器の本は読み終わったのだけれど、兵法の本でどうしてもわからないところがあったため、これだけ延長をしてもらうつもりだった。
図書室に行くと、いつも通り中在家先輩がむっつりとカウンターに座っている。あとから気付いたことだが、中在家先輩はこれがスタンダードな表情で、特に不機嫌なわけではないようだ。機嫌が悪くなると逆に笑うのだと潮江先輩に教えられたとき、申し訳ないが非常に怖いと思ってしまった。でも、中在家先輩はとてもいい先輩だ。
足音で私が図書室に近付いてきたのを察していたようで、失礼します、と声をかけて戸を開けると先輩はむっつり顔のまま小さく頷いた。

「返却と、延長お願いします」

「・・・延長はどれだ」

「えっと、これです」

三冊カウンターに並べて、兵法の本を指さすと、中在家先輩は少しだけ困ったように固まった。
図書室にはよく通っているし、中在家先輩がカウンターのときにもよく当たるので、少しは先輩の鉄面皮の微妙な変化がわかるようになった。誇らしげに潮江先輩に報告したら、嬉しいのか、と心底不思議そうに問われて若干腹が立った記憶は全力で忘れたい。

「駄目ですか?」

いつもなら、延長を頼んでもすぐに手続きをしてくれるのに、先輩は二冊の返却処理をしてから、兵法の本を手にしてやはり動かない。
不安になって問うと、ぼそり、と相変わらず低く重い声が聞こえる。

「・・・これを探してるやつがいた」

なるほど。
それで私が延長を希望したから先輩は困ってしまったのか。
合点が行ったが、そうすると今度は私が困ってしまう。
次回のテストで、丁度この兵法が範囲なのだ。理解出来ないままにはしたくないので、土井先生に教えてもらおうと思ったのだけれど、どうやら出張で帰りは三日後らしい。それまでに読み込んで少しでも理解を深めるつもりだったのだが、返さなければならないとなると、計画が狂ってしまう。

「その方、急いでらっしゃいましたか?」

「・・・いや。少し読みたいと云っていただけだ」

「ああ、それなら―――・・・」

少しなら別に、と続けようとしたが、スパーンと突然勢いよく開いた図書室の扉に気を取られ、私は喉まで出かかった台詞を飲み込んでしまった。

「長次!あの本は返ってきウオォォァァ!?」

「図書室では、お静かに」

中在家先輩お得意の縄ひょうが飛んで、入ってきた誰かの頬を掠めた。元々当てるつもりはなかったんだろうけど、見ていてこっちが冷や汗をかいてしまった。先輩、怖い。
頬に赤い線をこさえたその人は、半泣きの呈で恨めしそうに中在家先輩を睨んだが、途中私の存在に気付いたようで、ハッとしたように顔を引き締めた。もう見ちゃったのに。ちょっと、可愛い。
ごほん、と一つ咳払いしたその人は、改めて中在家先輩に向き直った。

「悪い、長次。で、返ってきたか?」

「・・・いや」

「まだなのか?」

縄ひょうを片付けながら、中在家先輩はまだ微妙に困ったように曖昧に返事をする。
話の感じからすると、先ほど中在家先輩が云っていたこの本を探している人というのは、この人なのだろう。
中在家先輩を呼び捨てにしているということは、この人は先輩だ。一応私も話の渦中にいるので、すごすごと声をかけてみることにした。

「・・・あのぅ」

「ん?」

「もしかして、先輩がお探しの本、これですか?」

さっきのドタバタに巻き込まれないようにと念のため確保して置いた本を指さすと、先輩はパァッと目を輝かせた。

「ああ、それだそれだ!」

ずっと探してたんだ、と嬉しそうに云われてしまい、云い出しづらい。延長したいんです、とは云いづらい。
しかし、ここで大人しく返してしまうと、私のテストが。成績が。

「・・・食満」

「なんだ?」

「延長、したいらしい」

私の反応を見て、中在家先輩が事情説明をしてくれる。慌ててぺこりと頭を下げると、食満と呼ばれた先輩は、私に視線を移してああ、と頷いた。

「なんだ、そういうことか」

「・・・すみません」

「いや、いいんだ。ただ、ちょっと見せてくれないか?」

「あ、はい。どうぞ」

「悪いな」

いえ、と首を振って本を手渡すと、食満先輩はすごい勢いでページを開き、途中の一部でぴたりと手を止めた。しばらく目だけが動いていたが、やがて満足そうに本を閉じてそのまま私に渡してくれた。

「やぁ、助かった。もう大丈夫だ」

「いいんですか?」

問うと、食満先輩は無駄に爽やかに笑った。白い歯キラリ。笑うところだろうか。

「元々、少し確認したかっただけだったからな」

「・・・延長させるぞ」

「おう、してやってくれ」

云いながら、何故か先輩の手が私の頭をわっしわっしとかき混ぜていた。なんでだろう。わからないまま、しかし特に不愉快でもなかったので甘んじてそのままにしているが、不思議な気分ではあった。
少し待っていると、延長の手続きをしてくれたらしい中在家先輩に、新しく貸し出し期限を記入したカードを渡された。五日あれば、土井先生を捕まえて教えてもらって、復習まできっちり出来る。

「ありがとうございます」

「綺麗に使えよ」

「わかってまーす」

本にカードを挟み、小脇に抱える。これであとは土井先生の帰還をまてば、ひとまずテストの心配はいらないだろう。

「では、私はこれで」

「おう、勉強頑張れよ」

「・・・はい」

何故初対面の先輩にそんなことを云われなければならないのかと思いつつ、しかしなんとなくわかる。
根っからの世話焼き気質なのだろう。
変に先輩風を吹かせているわけではないので嫌な感じはないが、ちょっとむず痒い。
知り合いの先輩とタイプが似ているような気がして、一方的だが親近感が湧いた。でも、それを本人に云ったら怒られそうな気がするので、黙っておこうと思う。
一度頭を下げてから、扉を開ける。中在家先輩さ相変わらずブスッとした表情のままで頷き、軽く片手を上げて挨拶をくれた。

「困ったことがあったら相談しろよーっ」

はいともいいえとも答えにくくて、私は曖昧に笑いながら今度こそ図書室から出た。
なんだあの人、軽くめんどくさい。

そんな、出逢い。










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いい人そうだけど、めんどくさそう。

20100627