別に、騙していたわけじゃない。






僕らの恋愛模様 1





6年生は総じて仲が良い。
多少のいざこざや張り合いが合っても、決して仲が悪いということはない。
某武闘派と某忍者している男に対して『仲が良いか』と訊けば、『そんなはずはないだろう』という答えが返ってくるだろうが、ピタリと揃ってそう云われて納得出来ようはずもない。
そして、こうして6人がひとつの部屋に集まって談笑している光景を目にすれば、誰もが『ああ仲良いんだな』と思わずにはいられないはずだった。
ちなみにこの光景は別段珍しいものではないということも、ポイントである。

「お。今日の茶はうまいな」

『ギンギン!』と描かれた湯呑を持って呟いたのは、い組の潮江文次郎だ。地獄の会計委員長であり、学園一忍者していると評判の男である。
それに応える、は組の善法寺伊作は保健委員長であり、何故か不運であることが多い保健委員としても歴代最高と名高い不運委員長でもある。湯呑の文字は『不運』だった。

「だろ?昨日学園長先生がくださったんだ。なんでも有名なブランド品らしいよ」

「ほぅ。運がよかったじゃないか」

自慢のサラサラヘアーを揺らし軽く驚いたように伊作とお茶を見比べたのは、は組の立花仙蔵は麗しの作法委員長。ちなみに6年生の使っている湯呑は彼のお手製であり、言葉も勿論仙蔵のセレクトだったりする。彼の湯呑の文字は『清潔』だった。何かトラウマがあるのかもしれない。

「ね!私も自分でびっくりしたよ。こんなこともあるんだよね〜」

「いさっくん、これで今年の運全部使い果たしたんじゃない?」

「ちょ、やめてよ小平太!洒落になってない・・・!!」

さらっと酷いことを云ってのける、ろ組の七松小平太はいつでも我が道を行く。裏表がないのを知っているから怒れないが、逆にどうしたらいいかわからない難しい男だった。『体力馬鹿』の文字の湯呑を持つ彼の底知れぬ体力は、委員長を務める体育委員会で日々培われている。

「・・・気にするな」

同じくろ組の中在家長次は無口で有名だ。代わりに思慮深く冷静で、いざという時に口を開けば非常に頼りになる存在となる。図書委員長として委員会をまとめているが、5年ろ組の不破雷蔵との二人三脚が命綱である。湯呑の文字は『返却』だった。
ここにいる5人は今全員が湯呑を手にしているが、盆の上には手付かずのまま湯気を立てている湯呑が1つ残っていた。
『あひる』と描かれたその湯呑は、は組の食満留三郎のものだ。

「それにしても留三郎のやつ、遅いな」

「もしかしてどこかで落とし穴に落ちてるんじゃ」

「阿呆。そんな駄目忍者はお前くらいだ」

「私だけじゃないよ!保健委員の子もよく落ちてるよ!!」

「余計駄目じゃないの、それ」

「鍛錬が足りん、バカタレが!」

こうして彼らが集まる時は、い組、ろ組、は組の部屋をローテーションで回している。お茶やお茶菓子はホストとなった組の2人が用意するのが流れとなっており、今回は伊作がお茶を、食満がお茶菓子を用意するはずだったのだが。
食堂の問題の食満が、おばちゃんに冷やしてもらっているから取りに行く、と云って部屋を出たっきり帰ってこないのだ。
学園は広いが、6年通った学び舎で今更迷うはずもない。
いたるところに罠がしかけてあるが、今更引っかかるはずもない。

「来る途中にお茶菓子全部食べちゃって、顔出せなくなったとか」

「小平太じゃあるまいし」

「え、どういう意味?」

「そういう意味だ」

「えー」

そんなこと、と反論しようと口を開いたときだった。

―――スパーン!!

と、勢いよく戸が開いた。
ぎょっとして全員がそちらに顔を向ける。
食満でないことはなんとなく気配とドタバタとした足音わかっていたが、まさかその足音がこの部屋に向かっているとは思わなかったのだ。
さしもの文次郎も常に忍者忍者しているわけではなし、ここは学園ないでもあるので少々気を抜いていた。

「・・・・・・・・・。」

戸を開いた格好のまま俯いて立っていたのは、とあるくの一だった。
年は彼ら6年の1つ下で、5年の後輩。
学年は違えどもこの少女と彼ら6年は仲が良い。
ひとえにそれは彼女のもつ明るく人懐こい性格と、とある6年―――はっきり云えば、食満との仲が非常に親密であるためである。
ともかく、彼女は6年と仲が良い。
だが、日々の付き合いもそこそこ長いが、しかし彼女のこんな様子をみたことはなかった。
賑やか、云ってしまえば時折騒がしい彼女はいつでも明るく笑顔でいることが多く、だからこそ友人を多く持っている。
しかし今の彼女は。
オーラが、黒い。
何に対してかわからないが、ともかくどす黒いオーラを背負っている。
こんな少女は初めて見た。
これにはさしもの仙蔵や長次も驚き、小平太に至っては本能的に苦無に手を伸ばしかけていた。伊作は驚きすぎて動きを止めており、文次郎は不思議そうに首を傾げている。
声を掛けたのは、一番冷静だった文次郎だった。

「おい、どうした?」

その言葉に少女はピクリと反応し。
ゆっくりと顔を上げ。
一同は更に、驚いた。

「〜〜〜〜〜!!!!」

少女―――は、半泣きだった。
眉間にぐっと皺を寄せ、歯を食いしばり、溢れんばかりの涙を瞳にたたえていた。
そして。

「う・・・・・・」

次の瞬間。


「うわぁぁぁん文次郎ォォォォォ!!!!!」


耳を疑った。
は確か、食満とほぼ恋仲のような関係にあったはずで。
文次郎はの所属する会計委員会の委員長ではあるが、2人はただの先輩と後輩という関係であるはずで。
―――呼び捨てにするような、仲ではなかったはず、で。
ついで、目を、疑った。
ぎょっとした。
それはもう、忍者あるまじきことではあるが、彼らはとても驚いた。
は、文次郎、と呼び捨てただけでなく、障害物をよけながら一目散に文次郎のもとへ突進し、体当たりするように―――抱きついたのだ。
食満にではない。
今彼はこの場にいない。
ついでにいたとしても、きっと彼女は食満には抱きつかないだろう。2人はまだそこまでの関係に進展はしていないのだ。
しかしいなくてよかった、と誰もが思う。
こんなところを食満が目撃したら、と考えると笑えない。
ただでさえ、今の状況で自分たちも笑えないのだ。もしかしたら食満はショックで倒れるかもしれない。いや、それは云いすぎかもしれないが、それくらい大きなショックは受けることは簡単に予想できる。
更に驚くべきは、文次郎だ。
彼は今まで浮いた話もなく、忍務以外ではほとんど女との関係を持っていない。
決して云わないし顔にも出さないが、くの一にすらあまり近寄らないところを見ると、実は女自体得意でないことは明白だった。薄々気付いていた仙蔵がひっそりとこのネタでからかい倒してやろう、と目論んでいたりもした。
その、文次郎が。
黙ってに抱きつかれ、あまつ、呆れたように空いた手で宥めるようにぽんぽんとの背中を叩いているではないか。
冷静に。
取り乱すことなく。
あれは冷静を装っているわけではなく、本当に冷静なのだと付き合いの長い彼らにはわかる。
何故。
事態についていけずフリーズした4人の頭には、何故、その一言がひたすら渦巻いていた。
固まる4人を置いてきぼりに、文次郎とはマイペースだった。

「おい、だからどうしたんだ」

「聞いてよ!竹谷の馬鹿が!!!」

「はいはい」

「ちゃんと聞けぇ!!!」

「聞いてる聞いてる」

「嘘つけ!あんた面倒になると昔っからそうやって!!」

「悪かった悪かった。ところで」

「何!?」

ちょいちょい、と文次郎はのうしろを指差した。
タイミング良くその瞬間、ドサッと何かが落ちる音がした。
そうしては振り返った先、文次郎の指差した先を見て。

「あ」

漸く、気付く。

「・・・・・・えへへ、へ・・・?」

ここが6年長屋のは組の部屋であり。

「・・・・・・・・・・・・。」

―――食満が、持ってきたお茶菓子を箱ごと落として、真っ白になって立ち尽くしていることに。










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シリーズ内連載開始でござる。多分私だけが楽しい←


20110131