嘘をついていたわけじゃないのに。

胸を抉るようなこの罪悪感は、一体なんなのだろう。






僕らの恋愛模様 2





「同郷で」

「はい」

「家が隣同士の幼馴染で」

「はい」

「親同士が同じ城務めの忍者で」

「はい」

「兄妹同然に育った?」

「おう」

なぜかと文次郎は、壁際に並んで正座させられていた。
まるで反省会というかお説教されているような光景だが、それについて指摘する人物は残念ながらいないようである。

「じゃあ、なんで今まで隠してた?」

不機嫌そうに問われて、は居心地悪そうに身動ぎした。
食満は出会って以来ずっとにとって『優しい先輩』だった。文次郎と怒鳴り合ったりしているところは見たことはあれど自身が怒鳴られることはなかったし、小言は云われても本気で怒られることもなかった。
いつもニコニコ優しくて、一緒にいるのが落ち着く人。
もっともただの先輩、と思えなくなった日は来たが、しかし傍にいることが幸せだと思えることに変わりはなかったの、だが。
出会ってから初めてである。
―――食満先輩が、怒ってる。
そう思うとはなんだか無性に哀しくなった。
理由はわからない。
頭の中がごちゃごちゃして、胸の中がぐちゃぐちゃして、気持ち悪かった。
怒ってる。
怒ってる。
私が悪いの?
悪いこと、してないのに。
と文次郎は、同郷の幼馴染だった。
家が隣同士、親も同じ城務めの忍者と共通点が多く、年も1つしか違わないとなれば互いが親しくなるのは当然であり、当たり前のように2人は一緒に育った。
忍術学園に入ると決めたのは文次郎が先だが、もそれに続いたのは文次郎を追いかけたのでもなくそれが一番自然だったからだ。
しかし、1年の間を空けて忍術学園で再会した2人は、学園内では単なる先輩後輩でいようと決めていた。
故郷にいたころは何があっても2人は一緒だった。
遊ぶのも、悪戯するのも、学ぶのも。
決してそれが悪いことだと思っているわけではない。あの時間があったからこそ今の自分たちがいるのだと、幼いながら彼らは十分に理解していた。
しかし同時に、だからと云ってずっと一緒に居続けることは不可能であるとも気付いていたのだ。
兄妹同然であっても幼馴染で、血の繋がりはない。
血縁がすべてだと云うつもりはないが、越えられない縁であることもまた確かだった。
だから学園内では、、潮江文次郎、くのたまの後輩、忍たまの先輩、2人ではなく1人1人として生活しようと決めたのだ。
同じ会計委員になってしまったのは誤算だったが、だからと云って暗黙の了解を撤回する気はお互い毛頭なかった。
だから、云わなかった。
故郷に帰ればまた兄妹のような幼馴染に戻り、話し方もお互いくだけるのだが、学園内では絶対に一線を画していた。
の、だが。
今日は、失敗した。
今までちゃんと立派な先輩後輩の関係でやってきたのに。
と文次郎の故郷は山の中にあるので、たくさんの虫や動物に囲まれて育ったが、にはどうしても受け付けられない生き物がいた。
蝶だ。
蛾など以ての外である。
あのひらひらした飛び方や気色の悪い色と柄の翅、飛ぶたび無差別に撒き散らされる鱗紛。
どれを取っても無理だった。生理的に無理だった。何故あんな生物が世界に存在しているのか、意味がわからなかった。
今まで巧みにそれを隠して生活してきただったが、隠していたのが仇になったのか、何も知らない5年生物委員の竹谷がに『綺麗だろ!』と例の、ソレを、差し出してきた。
まだまだ卵でも、も立派なくの一である。
ある程度のことには動じないだけの精神力はあったが、これには耐えられなかった。
悲鳴を上げて竹谷を張り倒し、その足で文次郎を探して6年長屋にやってきて、い組の自室にいないことを確認すると今度はろ組かは組のどちらかにいると見当をつけ、順番に部屋を巡った。
そしては組の部屋で文次郎の姿を確認すると、脇目も振らず―――あとはご存じの通りの展開となったわけである。
確かに、親しい間柄である彼らに5年間黙っていたというのは申し訳ないと思わなくもない。
しかし。
油断すれば泣き出しそうになる自分を叱咤し、は反論するために口を開く。

「か・・・隠してたわけじゃ・・・・・・」

「黙ってただけだろう」

ふん、と吐き捨てるように云った文次郎には慌てた。
いや確かにその通りなのだけれど。
嘘をついていたわけじゃない。
隠していたわけじゃない。
騙していたわけでもない。
ただ黙っていた。
それは確かに真実なのだが、その云い方を今するのは火に油だと思う。
そしての予感は的中するわけだ。
空気が、ビキッと嫌な音を立てたような気がした。
恐る恐る食満を見上げると、仁王立ちで腕を組んだまま般若になっていた。
怖い。
普通に怖い。美形なんだから怒ると怖いのだ。本当に。

「お前に訊いてない」

「俺たちに訊いてるんだろうが」

怖い。
睨みあう2人の真ん中で火花が散っている錯覚を起こした。そしてそれはあながち間違ってはいないのだろう。
険悪な空気が部屋を支配する。
食満以外の4人は、どうやら傍観――放置ともいう――を決め込むことにしたらしく、少し下がって黙っていた。
助けてくださいよ、と悲鳴を上げたいである。

「なら、何で黙ってた」

「云う義理があるか?必要があったか?」

「・・・・・・・・・」

「そんな義理があれば云った。必要があれば云った。別に騙してたわけでもないのに詰問される謂われはないんだがな」

「・・・・・・ッ!!」

この、馬鹿!
我が幼馴染ながら、この云い方にははあらん限りの罵詈雑言を心中で浴びせた。
だから、今この状況でそんな云い方をしたら。
例え同じことを思っていてもは云わなかったというのに。
怒鳴られる、と思った。
耳を塞ぐのは失礼だと思ったので、はギュッと目をつむって俯き、食満の反応に備えた。
しかし、待てども食満は何も云わない。
おかしいと思い、そろり、と食満を窺って。
息を飲んだ。

「―――・・・」

一番、怖いと思った。

「・・・せん、ぱい」

「・・・もういい」

これなら、怒って詰って怒鳴られたほうが何万倍もましだった。
食満は静かに呟くと、くるりと背を向けて部屋を出て行ってしまった。
呼び止める言葉が思い浮かばず、は軽く腰を浮かせた姿勢で固まった。
いや、仮に思い浮かんだところで呼び止めることは出来なかっただろう。
食満の背中は、全身全霊で話しかけることを拒否していた。
他の4人もこの食満の反応には驚いたようで、お互いに顔を見合わせて首をひねっていた。

「ったく・・・」

呆れたように息をついたのは文次郎だった。
ぶちん、との中で何かが切れる。

「ッ馬鹿もんじ!!!!」

振り返り、勢いよく立ちあがって怒鳴る。
さっきまで堪えてきた感情が一気に溢れだして、止まらない。

「なんであんな云い方したの!?あれじゃ食満先輩が怒るのも無理ないじゃない!!!」

馬鹿、あほ、間抜け!
哀しいのか腹立たしいのか、自分で自分の感情がわからないまま怒鳴ったに、文次郎は心底不思議そうに首をひねった。やめろ、可愛くない。

「なんでだ?」

「は!?」

「何であいつが怒るのが無理もないんだ?」

「・・・は?」

その問いの意味を理解するまで、少しの時間を要した。
云われてみれば、そうである。

「赤の他人に徹することを決めたのは俺たちだ。幼馴染の事実を黙っていたことは、怒られるようなことか?」

「そ、それは・・・」

「俺たちは悪くないだろうが」

「でも、」

「あのなぁ」

はーっと文次郎は深いため息をつくと、物覚えの悪い生徒にしっかり云い聞かせるような口調でゆっくりと云った。

「怒ったのはあいつの自分勝手な我が儘だ。俺たちに非はなけりゃ、謝らなけりゃならんことも一切ない」

「・・・でも」

「勘違いするなよ」

何を、と視線で問えば、文次郎は先ほどよりももっと深いため息をついた。

「決めたのは、俺たちだぞ」

「―――・・・」

ハッとする。
そうだ。
決めたのは、自分たち。
自分だけではない。
文次郎だけでもない。
他ならぬ、自分たち。
それでも、と云いたくなるのは責任転嫁だ。
云わないと決めたのは自分たちなのだから、今更それについて謝ったほうがいいなどと思うのは一番ずるいことではないだろうか。
気付いて歯を食いしばる。
今も、悪いことをしたとは思っていない。
なのに、何故、こんなにも胸が痛いのだろう。
ギリッと拳を握り締めて黙ったを見、文次郎は軽く息をついた。別に文次郎も、を責めているわけではないのだ。

「まぁ、それも今更だ」

結局ばれたんだしな、と云い、文次郎も立ち上がった。

「そういうことだ。よろしく頼む」

今度文次郎が声をかけたのはではなく、所在なさげに立っていた他の6年だった。仙蔵すら居心地悪そうにしているのは珍しい。

「まぁ・・・別に悪いとは思わんがな」

「でも、薄情だとは思ったなー」

大きく伸びをしながら云ったのは小平太だった。
彼らの表情を見れば、怒っていないことはわかる。
が、伊作も軽く憮然としながら小平太の云う通りだと頷いていた。

「そうだよ。せめて同郷ってことくらい教えてくれてもいいのにさ」

「そんな機会はなかったもんでな」

「・・・俺たちはそれでも構わんが、・・・食満は」

相変わらず小さな声での長次の呟きに、は身を切られる思いがした。
何度も云うが、と食満はまだ恋仲ではない。
ないが、限りなくそれに近い関係であることは明白だった。
もしも立場が逆だったら。
たまらなく、嫌だった。
単なる後輩だと思っていたくの一と食満が目の前でいきなり抱きあい、実は同郷の幼馴染なのだと云われる。
納得出来るかと問われて、即答出来る自信がなかった。
悪くないとは、思う。
思うのだが。

「ね、ちゃん」

「・・・はい」

「悪いとか悪くないとかさ、今は考えても仕方ないんじゃないかな?」

立ち尽くすの肩を優しく叩いたのは伊作だった。
のろのろと漸く顔を上げ、は伊作を見る。

ちゃん、まだ留さんに何も云ってないじゃない」

「・・・・・・・・・」

「謝る必要はないと思うよ。でも、話さなくちゃ駄目だと思う」

「・・・伊作先輩・・・・・・」

伊作らしい優しい言葉に、は泣きそうになった。
しかし今の自分に泣く資格はないと思い、ごしごしと目を擦り、我慢する。

「・・・はい」

「ん。はいはい笑って!ちゃんに辛気臭いのは似合わないよ?」

「・・・ありがとうございます」

にっこりと伊作の笑顔を受け、もほんのりと笑う。その瞬間伊作が固まったのだが、当のは気付かず他の6年は密かに噴出した。
は大きく深呼吸し、やっと自分を落ちつけた。
そうだ、ばれてしまったものはしょうがない。
黙っていたことを後悔するつもりもない。
けれどやっぱり、どうにかしなければならないのだ。
話しに行っても取り合ってくれないかもしれない。
しかしそれも自分の撒いた種だ。
誰かを責めることは出来ない。
だって、多分誰も悪くないのだから。
もし、これが原因で食満との関係が最悪になったとしても、きっとそうなる運命だったに違いないのだ。
そう思うと、なんだか気分が軽くなった。
食満との関係が拗れるのは嫌だったが、このまま気まずいままでいるのはもっと嫌だ。

「じゃあ行ってこい」

「え、今!?」

「当たり前だろう」

「ちょ、待って心の準備が・・・!」

「明日やろうは馬鹿野郎だぞ」

「・・・・・・・・・」

は片頬を引きつらせて文次郎を睨みつける。早めに行くに越したことはないとわかっているが、こう云われると腹が立つ。
が、確かにそうだ。
明日になったらまた怖くなるかもしれない。
だったら、今ぶつかりに行くべきだ。

「砕けたら、八つ当たりくらいさせてよね」

「断る」

「だが断る!」

「おい」

突っ込んだ文次郎をスルーし、は苦笑しながら見守ってくれていた6年陣を振り返り、丁寧に頭を下げた。

「おい、・・・」

「というわけで、今後ともと潮江文次郎をよろしくお願いしますね!」

ここで漸く、は本来の笑顔を浮かべた。
うじうじるすのはいつでも出来る。
今は、今やらなければならないことをしよう。
6年は顔を見合わせた。
そして、小さく噴出し、順番にの肩を叩く。
それをはくすぐったい気持ちで受けていたが、最後に文次郎に思いっきり背中を叩かれて前につんのめった。転ばなかったのは自分のバランス能力を褒めてほしい。
振り向いて文句を云ってやろうとして。
5人の優しい視線を、一身に浴びて。

「行ってこい」

一瞬息を飲み、それから大きく頷いた。

「行ってきます!」










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多分がいなくなったあと潮江は質問と厭味攻め。(笑)←


20110202