|
授業が終わった。私は急いで荷物を片付けて教室を飛び出す。 そんな私を友人が呆れ顔で見ていたことには勿論気付いていたけれど、気にしない。 だって今日は、週に一度の大切な日なのだ! 「何、どしたのあの子?」 「あれ、あんた知らなかったっけ」 「やー毎週毎週この日はやけに急いで帰るなぁとは思ってたけど」 「手裏剣教えてもらいに行ってるのよ」 「はぁ?だって、手裏剣得意じゃない」 「だから、口実!」 「・・・・・・あ、なるほど。そんでお相手は?同級生?後輩?」 「ノン!学園内じゃないんだなぁこれが!」 「えー!?何、どこの人!?」 私の去った教室で繰り広げられる、友人たちの会話。あとで聞いた話だけど、このときの友人はものすごく輝いていたそうだ。・・・・・・何故だ、友人よ。 まぁ、ともかくそんな友人の口から発せられた場所とは。 「杭瀬村!」 外出許可をもらって、小松田さんに挨拶して、私は大急ぎで杭瀬村へと向かった。待ち合わせの時間まではまだまだ時間がある。何も遅刻しそうだから走っているわけではない。 ただ、少しでも早く会いたくて。 週にたったの一度しか会えないから、会えるときに会えるだけ会いたくて。予定よりも早くつけばラッキョ作りを手伝わされたり雑用にこき使われたりするんだけど、私にはそれすら嬉しい。 「何をニヤニヤしとるんじゃお前は。気色悪いのぉ」 「わぁ!!!」 今日は何話せるかなーなんて考えながら走っていると、突然道の脇の草むらから声がかかって私は思わず悲鳴を上げた。するとすぐに、悲鳴を上げるとは忍者らしからぬ行動だ、と何故か怒られてしまった。 つーか、気色悪いってアナタ。 「や、でも先生がいきなり声かけるから!」 「云い訳とは見苦しい、今日の修行は普段の二倍に決定じゃな!」 「わー酷い先生!!」 「やかましい!!ほれ、村までランニングじゃ!!」 そう云って先生はラビちゃんと一緒に後ろから私を追い掛ける。な、なんかあの顔の先生に捕まったらバラされて鍋にされそう・・・・・・! こうして私は杭瀬村まで、今捕まったら死、という危機を肌で感じつつランニングさせられたわけでありました・・・。 あれ、でも先生、なんであんなとこにいたのかな? さすがにここまでランニングはキツい。いくら学園で鍛えてるからってあの距離は。 ゼィゼィと肩で息をしている私とは正反対にケロッとしている先生は、さっさと修行の準備をはじめている。 「せ、せんせ、ちょっと休ませて・・・・・・!」 「甘い、忍者には休んでいる暇などない!」 「私まだ忍者じゃないですー!」 「たまごでも忍者!ほれ、早く立たんか!」 鬼! しかし私は立ち上がる。キツいのは本当だけど、先生がマンツーマンで修行をしてくれるのだから、それだけでやる気が溢れてくるのだ。まったく現金だと、友人に云われるまでもなく自覚している。 私たち六年生がまだ一年生だったとき、大木先生はまだ現役教師だった。しかも忍たま一年生担当の先生だったので、私たちの担任ではなかっとは云えなかなか関わりはあったのだ。 その頃からずっと好きだった。 もしかしたらあの頃はまだ好きという感情なんて知らなくて、ただ憧れているのだと思っていたかもしれない。だけど今の私が考えれば、あれは『憧れ』ではなく『好き』だった。 乱暴な云い方をする先生だったけど、教え方は意外にも優しくて分かり易い。失敗すると悪かったところがわかるまで何時間でも付き合ってくれたし、うまくいったら『よくやった!』って頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。髪がぐしゃぐしゃになったけど、そんなの気にならないくらいに嬉しかった。 だから、杭瀬村でラッキョ作りをすると云って先生を辞めたとき、私は真っ先に野村先生のところに云って大木先生が辞めちゃうのは野村先生のせいだ、と泣き喚いて野村先生を困らせてしまった。今思えばかなり失礼な云いがかりだけど、あのときの私にはそうとしか思えなかったんだ。しかもそのあと暫くは野村先生と目も合わせなかったことは今でも申し訳なく思っている。いやはや、恋は人を変えると云うかなんと云うか。 ともかく、私はそのとき大木先生と約束をした。子供の我が儘だ。きっともう二度と会えなくなるものだと思って、それが本当に悲しくてどうしようもなくて、泣きながら学園を出ていく先生に抱きついて云った。 『しゅりけんをおしえてください!!』 杭瀬村はそれほど遠い村ではない。一年生の野外授業のランニングコースにも含まれているくらいだから、一年生でも放課後で学園から往復出来る距離だ。つまり、週一回だけでもいいので放課後に手裏剣を指導してほしいと云うことだった。 当たり前だけど、そのとき先生はものすごく困った顔をしていた。自分は教師を退職してラッキョ作りに勤しもうとしているのに、担任していたわけでもない生徒からの突然の申し出。これですんなりオッケーをくれるのは、失礼だけど大木先生じゃない。 案の定、ぎゃーぎゃー泣き続けている私を連れて職員室に連れて行き、当時の私の担任だった先生に事情を話して、どうするか話し合ってくれた。 結果は、帰りに大木先生が私を学園まで送り届けることを条件に許可された。おまけに、大木先生は手裏剣の名人だし向上心があるのはいいことだ、と途中で顔を出した学園長に褒められてしまった。嬉しいような、虚しいような。下心がないとは云えないのでなんとも微妙な気分になった。 けれど、折角の機会を逃すのは馬鹿だ。私は両手を上げて大喜び、ありがとうございます、と先生たちの目の前で大木先生に抱きついた・・・・・・らしい。(らしい、というのは私の記憶にないからだ。泣きついたことは覚えてるくせにそんなことは忘れてるなんて!) つーか。 「・・・・・・・・・信じらんない・・・・・・」 忘れないで欲しい。今日の私は手裏剣の修行に来ていたのだ。といってもいつも手裏剣だけじゃなくなんだかんだで他のこともやるんだけどさ。 や、でもさ! 一応私は学校でみっちり授業を受けていたわけで。 「普通本気で二倍やりますか!!?」 そりゃないよ先生! 冗談かと思っていた先生の台詞は実は本気だったらしく、本当にいつもの二倍の量の修行を終えた私は地面に大の字に寝転がって先生を睨んだ。 ボロボロな私を見下ろす先生は汗一つ流してなくて、暢気に欠伸なんかしている。 「何を云っとる、二倍に決定と先に云ったろうが」 「だーかーらー、そんなの本気にしませんよ!私学校からランニングしたし!!」 「喧しい!!文句云うな!!」 「鬼畜!?」 「あほ!!」 ガツン! 私の頭はいつから楽器になったんだろう。なんかワンワン云ってるよ? 「痛い痛い痛い疲れた疲れた疲れたお腹空いたお腹空いたお腹空いた」 「・・・・・・・・・・・・」 「黙んないでくださいよ」 「呆れとるんじゃ」 なんて云いながらも、先生は私が起き上がるのに手をかしてくれる。遠慮なく差し出された手につかまって立ち、身体中についた埃を払い落とした。 「うへ、キッタナイ」 「お前それで家に上がるなよ」 「どこまで失礼だよこの先生は。そんなんわかってます!だいたい料理するのにこんな格好でいられるわけないじゃないですか」 ベッと舌をだすと、ガキ、と頭をぐしゃぐしゃされた。先生の手だってそれなりには汚れてるんだけどなぁとぼんやり思いながらも、こうされるのは嫌いじゃないので黙っていた。これだけで修行疲れも吹っ飛ぶ私はやっぱり現金だろうか。 因みに料理云々についてだが、それは私がここにくるとお礼代わりに晩御飯を作っていることを云っている。これでも料理は得意なのだ―――それでも大木先生の方が料理上手なのが腹立つけども。 「先生今日は何がいいですか」 「生卵と納豆が入ってなきゃなんでも食う」 「いっつもそればっかり!」 「悔しかったらわしより美味い飯作ってみんか」 「きぃ!!」 こんな些細なことでも、私は幸せだったりするのです! ------------------- 予想外に長くなったので続きます。 大木先生大好き。先生陣の中ではダントツです。次点に土井センセ、同じくらいに野村先生も好き。 てゆか・・・・・・十八歳差。 |