インディゴブルーの描くもの




強がっていたのはいつでも自分のほうだった。
彼はいつでも本音をさらけ出し、本気で自分と向き合っていた。
結局のところ、自分は彼を信じていなかったのだ。口先ばかりだと罵って、彼の性格など知っていたのに、知らぬ存ぜぬを押し通そうとした。
それがどんな結果を招くか、そのときのは知るよしもなかった。

『素直じゃないね』

素直な人が好きならば、素直な人のところに行けばいいんだわ。
困ったように微笑みながら云った彼に、憤然とそう答えたのは一度や二度ではない。図星だったから余計に素直になれなかった。
ただし、は確かに仙蔵を好きだったのだ。
幼い頃から傍にいて、いつでも手を引いてくれた彼を嫌いになれるはずがなかった。
兄のように慕い、家族のように傍にいた。けれどいつしか、その感情は特別なものになっていった。
兄ではなく、家族ではなく、仙蔵として、彼を愛していた。
意地になっていた。
彼は自分の先を行き、手を差しのべる。云い換えれば、自分はいつも置いていかれていた。追いかけることしか出来なかった。
それが悔しかった。仙蔵は待っていてくれるが、それでは嫌だったのだ。
傍にいる。これに異存はない。けれど、待っていてもらって、というのは性に合わない。
傍にいたい。
それは、隣を歩いていたいということに他ならないのだ。


「無理だな」
「…失礼ね。断言するにはまだ早いじゃないの」
馬鹿馬鹿しい、と肩を竦めたのは同期生だ。
忍たま、4年い組。滝夜叉丸である。
尊大な態度と自信過剰なところはたまに瑕だが、彼はのいい相談相手だった。実は意外と面倒見がいいことをは知っている。
「それこそ知っているだろう。あの人は優秀過ぎる。とてもお前が隣を歩ける人ではないよ」
「わかってる。そんなこと」
「わかっていない。わかっていたら、そもそもこんな話を持ってこないだろう」
「……優しくないっ」
「お前に優しくして何の得がある」
きっぱりと云われ、項垂れた。確かにその通りだった。
「…それでも」
だからと云って、追うだけの感情には疲れてしまったのだ。仙蔵の背中を追いかけるのは。
一度目を閉じ、頭を振った。今考えても埒があかない。結果が出ないならば考えなければいい。そう自己完結し、溜め息をついた。
それから、パッと滝夜叉丸を振り返る。図書室で調べものをしているところを捕まえたので、彼の目は相変わらず手元の巻物にある。
滝夜叉丸は、云うまでもなく優秀な忍たまだった。自信過剰な態度が目に余るところを除けば、顔良し頭良し、加えてかなりのお人好し――照れ屋なので、きっと自覚もなければ認めもしないだろうけれど――な彼がもてないはずがない。表立ってはいなくとも、密やかな恋心を抱いているくのたまは少なくないだろう。
そんな彼が選んだのは、ふたつ年上の人だった。彼女は優しく聡明な才女で、実家は都で屈指の商家であるというのだから完璧過ぎて言葉もない。
けれど、見ていればわかる。滝夜叉丸は彼女が優秀だとかお金持ちだからだとか、そんな理由で選んだのではない。もっと根本的なところが決め手だった。
彼女は間違いなく滝夜叉丸を好きなのだ。
滝夜叉丸にとってはそれで十分だった。これ以上ないほど立派な理由なのだ。
誰から見てもお似合いで仲の良い二人。
は羨ましかった。
何故、素直になれるのだろう。
相手を想う気持ちを臆面なく晒し、幸せそうに笑う。
逆に思うのだ。
何故、私は。
「お前は思い詰めすぎるんだ」
咄嗟に反応出来ず、息を飲んだ。
特に気にした様子もなく、目だけは巻物のまま滝夜叉丸は続けた。
「あの人はただお前を好いているだけだ。それも、最上級に」
「………」
。お前は、何も考える必要はない」
滝夜叉丸の云っていることはわかる。痛いほど、よくわかる。
けれど。
「……それでも…」
好きになればなるほど。
好きと云われれば云われるほど。
狡くなる。
傲慢になる。
我が儘になる。
「私は」
眼を閉じれば浮かぶ、あの優しい笑顔。
耳を塞げば聞こえる、あの優しい声。
震えるほど愛しい、彼の腕。

「全部が欲しくなってしまう」

思わず顔をあげ、一度開きかけた口を閉じ、滝夜叉丸は嘆息した。
何も云えなかったのは、彼自身、似たようなことを思ったことがあるからだった。
結局のところ、自分たちは似た者同士なのだろう。
「……そうだな」
それだけを呟き、再び巻物に眼を戻した。

ああ、救われない。
彼女も、彼も、きっと自分も。









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器用なのに鈍感な仙さまと、不器用なくせに敏感な姫
滝は相談役