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冬のある日、やけに冷えると思いながら外を見れば、なるほどちらほらと白い物体が降り始めていた。ああ、道理で。 今夜はいつも以上に冷えそうだから布団をもう一枚だそうかと考えて、なんとなしに視線を動かして絶句した。 「!」 長屋の廊下からギリギリ見える訓練場の端に、この寒いのに薄着――と云っても俺も同じ格好だが、中に屋根の下にいるのと空の下で雪に当たるのとでは大分差がある――の同級生がいたのだ。 声をかければ、は緩慢な動きでこちらを振り返った。しかしその場から動こうとはしない。仕方がないので俺は廊下を飛び降りてのいる方へ出向いた。足が冷たい。 「馬鹿、お前何やってんだ」 こつんとの額を小突けば、痛いよ、と上がる抗議の声。なのに次の瞬間に浮かぶ、笑顔。へらへらしやがって、なんだか無性にムカついた。 俺よりも幾分小さいを見下ろす。の視線は雪を落とし続ける空に向かっていた。ハァ、と吐き出す息は白い。よく見れば鼻や耳は赤くなっているし、唇は心なしか色が悪かった。ギョッとして思わず顔に手を当てれば、驚くほど冷たくなっていた。 「お、おいお前どんくらい外にいたんだ……!?」 「んー、四半刻はいないと思うが」 「この寒さじゃ四半刻経たずとも十分冷えるだろうよ!ったく、中入るぞ!」 呆れるしかない。普段あれだけ人に体調管理をしっかりとしろと云うくせに――主に寝ろとよく云われる。大方隈を気にしてのことだろうが、生憎これは体質なので寝たところでどうにもならない――、こと自分に関してはあまり頓着がないというか。ときどき抜けているところがあるのだ、こいつは。 未だ足を動かそうとしないの手を無理矢理掴むと、やはり氷のように冷たかった。よくて霜焼け、悪くて凍傷になりかねない。 本当に、どうしてこうなんだか不思議だ。ほんのときどき、こいつはほっとけば飯も食わず誰とも話さず一日中ボーっとしているときがある。よりによって、それが今日。この寒い中、しかも外で。 「ほら、行くぞ」 グイと引っ張る。が、動かない。呆れ顔で後ろを振り返れば、困ったように笑うがいた。 「」 「すまん、もうちょっといたいんだ」 「お前な……」 ため息を落とした俺を見て、はもう一度ごめんと呟いた。先に帰っていいと云われたが、こいつをこのまま一人にしたら間違いなく今夜中突っ立ったままでいるだろう。それだけは避けたい。 握った手を離さず、逆に少々強めに握っての隣に佇む。帰らないのか、と訊かれた。 「お前が帰るときに帰る」 「冷えるぞ」 「冷え切ったやつに云われたかねぇな」 「……そうか」 「ああ」 はらはらと落ちる雪、落ちる沈黙。 いつの間にか辺りは白く彩られ、空気は澄み切った色を持っていた。長屋の廊下、誰かの部屋から微かに行灯の日が漏れ、石やら塀の屋根、どっしりと腰を据える松ノ木に積もった雪を幻想的に映していた。 吐き出す息はやはり白く、そろそろいい加減長屋に戻りたくなってきた。、と呼び掛けると、戻ろうか、とから云ってきた。 「もういいのか?」 「いいさ。十分見ていたし、最後は文次郎と一緒に見られたからな」 長屋まで、手を繋いだまま歩く。じんわりと暖かくなったのは、手と、それから。 「……なんつーか、なんでお前はそういうことをサラッと云うんだかな」 正直、照れる。今の俺の顔が赤いのは、寒いせいもあるが理由はそれだけじゃあない。隣を歩くはそれに気付いているようで、おかしそうに小さく笑う。 俺はおもしろくなくて、長屋に向かう足を速めた。すると今度は一歩遅れたが速いと云った。 「もう少しゆっくり歩いてくれ」 「すみませんねぇ足が長くて」 「……身長差があるんだから当たり前だろう」 「だいたい寒ぃんだよ、さっさと部屋戻って火に当たりてぇ」 「だから先に帰れと云ったのに」 「うるせぇな、ひとりにしたくなかったんだよ」 はえ、と言葉を詰まらせた。そして俺もしまった云っちまったと後悔した。云うつもりはなかったのに、暗にひとりにしてほしかったと云うようなの発言に、ついポロッと云ってしまったのだ。 廊下から、ぼんやりと空を見上げるを見たとき、一瞬呼吸を忘れた。 を含めたその景色が、まるでどこかの巨匠の描いた一枚の絵のように芸術的な雰囲気を醸し出していたのだ。落ちる雪も、薄雲の間から淡く光を放つ月も、すべてがを彩るためだけに用意された単なる道具にしか思えなかった。 けれど、その芸術に手を触れてはいけないと思う反面、触れなければがどこかに行ってしまうような気がしてならなくて。具体的にどこかと訊かれれば困るのだが、そう、例えるなら、雪が溶けるとき、まで溶けてしまうような。うまく説明出来ないが、そんな感じだった。 だから呼んだ。、と。存在を確かめるのと同時に、は確かに現実に生きる人間なのだと確認するように。 あのままにしておいたら、が消えてしまいそうで、怖かった。 「文次郎」 「なんだ」 「……いや、」 なんでもないよ、呼んでみただけだ、とは笑った。 長屋まであと少し。相変わらず雪は降り続けているが、明日の朝には止んでいるだろう。 「文次郎」 「なんだ、さっきから」 「ありがとう」 そう云って、消えそうな顔では笑う。 ---------------- 文次郎が好きすぎて困る。本当に困る。男前すぎるよ…! いつかこのヒロインで連載書きます。 Data: 2006/08/23(水) って、二年半前に云っててまだ書いてないんだよね・・・はやくを思いっきり動かしたい でも今は、その前にぱぷわ! そのためには、ぱそこん・・・ ↑そのさらに一年後 笑 |