お前、卒業後はどうするつもりだ。 恐らく彼は極自然に振舞ったつもりだったのかもしれない。けれど、内に隠されたモノを見抜けないほど彼ら二人の仲は浅くなかった。 仙蔵は、パチリ、と飛車を縦に二つ進める。 |
掴み損ねた命の後悔
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「今の時点でいくつか城から誘いがある。それのどれかを選ぶだろう」 暗に、何を云い出すのだ、と問う。 手持ち無沙汰に先程己の取った歩兵を投げては掴み、投げては掴み。そんな文次郎の様子を、仙蔵は適当に見やった。 仙蔵の視線にも、問いにも、勿論気付いているだろうに、しかし文次郎は何も云わない。 そうか、と一言だけ呟いた。沈黙が落ちる。駒を置く音さえも聞こえなくなった。次は、文次郎の番だった。 「仙」 パチリ。 漸く駒を置いた文次郎が、短く、誰よりも信頼する――決して口には出さないけれど――親友の名を呼ぶ。 呼ばれた親友は、顔を上げて文次郎の顔を見ることで答えた。 目が合う。 「一人で、行くのか」 一瞬仙蔵には意味が分からなかった。 怪訝に思い、眉をしかめる。 「・・・何が云いたい」 文次郎の視線はすでに仙蔵ではなく、たった今自分の置いた駒に注がれていた。香車。前に進むことしか出来ない駒。それはまるで、戦場に於いての自分のようだと以前云ったことをぼんやり思い出した。彼らは忍だ。後退することなど許されてはいない。 今はまだ学生で、いくらプロに近い最終学年だとはいえ、プロではない。けれど、卒業したら。彼らは本当にプロになる。文次郎や仙蔵の実力ならば、欲しがる城は掃いて捨てるほどいるだろう。 「文次郎」 何も云わない文次郎に苛立ち、少し強く彼を呼んだ。一体、仙蔵には文次郎の云いたいことがわからなかった。彼の中に蠢くものがあるのはわかる。纏う雰囲気が普段とは違っている。それはきっと仙蔵でなければ分からないほど、些細なものかもしれないけれど。 俺は、と漸く口を開いた。しかし視線はまだ香車に向けられたままだ。 「俺は、」 酷くらしくないと思う。仙蔵の知っている文次郎は、いつだってはっきりと物を云う。だというのに、この文次郎はなんなのだろうか。 まるで普段とは別人だった。 「あいつのようにお前を失うのは、嫌だ」 その一言で、仙蔵はすべてを悟った。 あいつ、とは、二年前まで彼らと机を並べていた友人のことだった。 明るくて気前がよく、誰にでも好かれるような人柄で、実際人気があった。実力は、い組の中でも上位。必然と、トップに立っていた二人と仲良くなっていた。 けれどもうそんな彼はいない。二年前に行なわれた校外実習に出掛け、それきり、二度と帰らぬ人となった。遺体すらも戻らなかった。どうなって死んだとか、どこで死んだとか、何もはっきり告げられないまま、ただ、死んだという事実だけを、無遠慮に突きつけられた。 仙蔵よりも文次郎のほうがそのことに衝撃を受けていた。どちらかというと、文次郎のほうが仲が良かったからかもしれない。 表面的にはそれほどでもなかったというのに、部屋に戻ると途端に塞ぎ込んだ。正直見ていられなかった。人前では気丈に振舞っているくせに、一人や仙蔵と二人になると塞ぎ込む姿が、あまりに痛々しかった。 そして何より、そんな文次郎を見ても何も出来ない自分が腹立たしかった。 「甘いことを云っているのは重々承知だ。しかし、俺は」 持ち駒の歩兵を握り締めたその手は、震えていた。 「最期までお前の傍に居たい」 特別な感情などはない。ただ友人として、何もわからないまま、死んだということだけを知らされるようなことにはなりたくない。文次郎はそう思う。 喧嘩は数え切れないほどした。それでも六年間を共に過ごした。親友と呼ぶには十分すぎるほどの仲であることも、彼らはわかっている。ただ口にはしないだけだ。 二年前、文次郎は後悔した。どうしてあいつを一人で行かせてしまったのだろう。どうしてついていかなかったのだろう。 そんな思いはもう御免だ。 失いたくない。 せめて、最期は共に在りたい。 「―――・・・」 自分の逃げてきたことを、いきなり目の前に放り出されてしまった。こういうところは狡いと思う。 過去に失った友人のように文次郎を失うのは、仙蔵とて御免だ。云って悪いが、あの友人と文次郎では大切の度合いが違う。そもそも同じ土俵にすら立っていない。 仙蔵が背中を預けられるのは、先生でもない、文次郎ただ一人だけだ。 「・・・そうだな」 フッと、小さく笑う。 のろのろと顔を上げた文次郎と目が合った。 「これからもお前の傍で生きるのも、悪くはない」 「仙、」 「犬死はするなよ」 「、」 「私の背中、お前に預けよう」 そら、王手だ。 パチリと仙蔵が置いた駒は、香車だった。 -------------- 夢の方の彼らは忘れてください。あと、カップリングではない。コンビ。コンビね。 あとなんか途中でごちゃごちゃしてどうしたらいいのかわかんなくなりました。駄目だこりゃ!文章って難しいね!(・・・) いつかもっとちゃんと書けたらいいな・・・。 20100401 再録 |