業突張りで意地汚い人間を助ける神はいない。昔の話にある『蜘蛛の糸』だって、ぷつりと切れて結局誰も救われはしなかった。

ほら、御伽噺の結末は、いつも虚しい。






蜘蛛の糸





「……万斉殿」


彼は仕事で暫し外に出ている。外というのは、船の外、などという意味ではなく、地球の外、というなんとも巨大なスケールでの意味だ。
二週間で帰投するはずだったが、何が起こるかわからないのがこの世界、案の定彼は二週間経っても帰って来ず、三週間経とうとしている今も帰ってくる気配はない。

誰もいない部屋で彼の名前を呟いたのは何度目だろう。冷えた空気に霧散する言の葉は必要以上に侘びしくて、声を出さずにただ涙を流したのは今夜が初めてではない。

あの人は私を見ていない。そんなこと、嫌という程わかっている。サングラスの向こう側の瞳はいつも私を拒んでいた。ただ、私は知らない振りをしてきただけ。


「万斉殿、っ」


傍にいられたらそれだけでいいのだと、そう思って高杉一派に加わったのは私だ。好いて欲しいなどとそんな幻想は抱かない。傍にいたい。傍で存在出来るならそれだけで幸せなのだ。私はそう思わなければ心を保てなかった。ここにいられるだけで満足すると決めたのに、だと云うのに、私は。乱暴に拭った目尻がひりひりした。


「万斉殿…」


いつの間にか求めていた。愛されることを望んでいた。この胸の鈍い痛みがそれを証明している。
あの声で私を呼んで欲しい。
あの手で私に触れて欲しい。
あの眼に私を映してほしい。
愛して欲しい。
愛して欲しい。
どこまでも侵食する欲望は留まることを知らず、私の心を犯していく。可能性など微塵もないのに。私は恐らく、この世でもっとも愚かな女だろう。



「―――殿」



反射的に振り返り、私は呼吸を忘れた。



「―――万斉殿……」



声が震えていた。月明かりを背負う彼がぼやけてみえた。泣いているのだと気付いたのは、彼の手が私の頬に触れてからだった。相も変わらず、彼の手は、冷たい。


「何故、泣く」

「ごめんなさい」

「謝ることではござらん」

「ごめんなさい」

「…………」

「万斉殿」


嗚呼何故どうしてあなたはこんなにも。

普段は決して私のことなどみないくせに、こんな、時折狡いくらいに優しいの。



「おかえりなさい」





わかっていました、本当は。
あなたは優しいから私を傍に置こうとしなかったのだと云うことを。戦場に生きるあなたの隣が危険だから、私を気遣っていたのだと。
けれどあなたは不器用で、巧い言葉が見つからなかったのでしょう。そして私もあなたと同じように不器用だった。あなたの不器用な優しさを、不器用にしか受け取れなかった。
辛かったでしょう悲しかったでしょう痛かったでしょう。私も辛かったし悲しかったし痛かった。

ねぇ、私たち、似た者同士なんですね。






(切れてしまわないよう、そっと)





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万斉が大好きだ…