「は?何云ってるの?」





何だというのだ。何の連絡もなく家にやってきて、開口一番に意味不明なことを口走って。突拍子もないのは出会ったころから変わらないが、未だにこいつの突拍子さにはついていけないときがある。

だって。


「何、部長が死んだって」


あの男は人間の身でありながら香港の戦火を潜り抜け、銀刀と背中を合わせたのだ。その陰の活躍は云わずもがな、特区での活躍だって。
そんな人が、今、こんな状況で。死ぬはずがない。死ねるはずがない。これからあいつが必要とされる場面が数多く出てくるだろう。それを予想出来ないほどあの人は馬鹿じゃない。

だから、ねぇ。


「なんで、そんな顔するの」


やめてよ。
戻ってこないみたいじゃない。


「リンスケ、」

「ごめん、さん」


ズルズルと、リンスケはその場に、あたしの家の玄関口に座り込んだ。
ちょっと、ご近所さんに何事かと思われちゃうじゃない。みっともないから立ちなさいって。
ああ、だめ、言葉に、なってくれない。

息をすると喉がヒュッとなった。まるで気道が閉塞しそうなほど呼吸しづらい。頭がボーッとする。リンスケがぼやけた。ああ。

あたし、泣いている。


「俺、間に合わなかった」


口調、昔に戻ってるよ。笑ってやりたかった。でも出来なかった。言葉の代わりに嗚咽が溢れた。止まらない。


「あの人、笑ってたよ」


ああどうして。


「俺、最期の言葉を預かってきたんだ」


両目から溢れる涙は頬を伝って服を濡らし、飽きたらずに床にも落ちていた。どうしようもないほど目が熱い。ねぇ、なんで、どうして。
部長。
陣内部長。


「『俺は先にいく。すぐ追いかけてきたら承知せんぞ』」

「…………」

「『ただ』、」


神様。
本当に存在するのなら、今だけあたしの神様になって、願いを叶えてください。
そうしたら、このあとなら、あたしはどんなに不幸になっても構わないから。

ねぇ、お願いよ、大嫌いな神様。
あたしの声を聴いて。


陣内部長。

ねぇ、―――ショウゴ。


どうして、最期なの?



「『先に行くが、仕方ないから待っていてやる。だからお前はあとからゆっくり来い』」



いつでも自分と自分の周りを信じていて、確かにあなたはそこにいた。
喰えない狸親父だなんていう人もいるけど、そうやって憎まれ口を叩きながら、あなたの傍を離れる人なんていなかった。

孤独だったあたしに手を差し伸べてくれたのは、あなたが一番最初だった。

愛してくれたのも、あなたが最初だった。

あたしが愛したのは。



「『そしたら今度は、ずっと隣にいよう』」



「………ッ!!!!!」

「……ホッント気障なことするよなぁ」


かっこよすぎるぜ、とリンスケは震える声で云った。
うん。うん、本当にね。馬鹿だよね。そんなの、自分で直接云いに来なさいよね。

でも、もう、来られないのよね。


「リン、スケッ」

「なに?」


未だに涙の止まらない顔のままリンスケを見れば、リンスケは泣きそうな顔で、でも泣かないで、あたしを見ていた。その顔は、嘘みたいに優しくて、またあたしは泣いた。
今度はあたしが座り込む番だった。足が震えて立っていられず、崩れるように座り込んだ。そんなあたしを、リンスケは抱き締めた。いつもだったらみえみえの下心に拳の一つもお見舞いしているところだったけど、今は、リンスケの純粋な優しさに甘えた。


「あたし、」

「うん」

「ショウゴが死んだなんて信じられない」

「うん」

「でも」


わかるの。



「ショウゴは、死んだのね」



あたしが愛したあの人は、もう、死んでしまったのね。






救世主の結末





(それはあまりに呆気なく)










----------------------------

死ぬほどショックだった