唄を止めたカナリアの行く末は想像に難くない。

 雲の広がった空の結末は決まっている。

 夜は明けない。

 朝だってこない。


*****


 面白いやつをみつけた。名前も知らないやつだ。ひとりで散歩(不法侵入ともゆー!)してたら見つけた。でっかい敷地のでっかい屋敷。から離れた敷地のはじっこにこぢんまりと建てられた小屋。それなりに丈夫なんだろうが、見てるこっちははらはらするような小屋だった。興味本位で窓から中を覗いたらそいつはいた。真っ白の服で真っ黒の髪、対極の色が鮮やかで目を見張った。しかし、表情がまったくない。無表情というか、そもそも感情なぞ知らなそうな顔でただ椅子に座っていた。僕が窓を割って中に入っても、そいつは静かに視線を動かしただけで悲鳴も上げない、微動だにしない。なんだこいつ、ヘンなやつ。そう思って近付いたら漸くやつは口を動かした。


 わたしをころしにきたのね。


 淡々と言葉を紡ぐ。まるでそうなることを待っていたかのよう口振りで、僕は興味を持った。死にたいのか。問えば、そいつは初めて表情らしい表情を浮かべた。


 だっていっていたもの、かあさまが。うたをなくしたかなりやは、ころされるのでしょう?それならわたしはころされなければ。だってわたしは、もう、うたわないから。


 唄えないんじゃなく唄わない?なら唄えばいいじゃんか。云えば、そいつは俯いた。


 だめ。わたしは、うたってはだめ。


 まるで呪文のように繰り返していた。一体何がこいつにそうさせてるのかなんて知らねーけど、正直、その理由に僕は興味がない。つまり僕には関係ない。よって僕は僕の欲求のままを口にした。


 唄ってみろよ。


 だめ。わたしはうたわない。


 唄え。


 うたわない。


 唄えっての。


 うたわないのよ。


 だんだん苛々してきた。埒のあかない押し問答。こういう頑固ブッてるやつは、脅してやると意外とあっさら唄い出したりするもんだ。僕は近付いて手を伸ばした。馬鹿な女は逃げようとしない。馬鹿な女。馬鹿な女。口だけだとでも思ってんのか。ゆっくりと近付いた僕の手が女の首を掴んだ。少し、力を入れてみる。女の顔が歪んだ。


 死にたくなかったら、唄え。


 うたわない。


 マジで殺すぞ?


 どうぞ、ころして。


 そう云って女は目を閉じた。知ってる。これは諦めた人間の表情だ。もがこうともしない。死を受け入れる顔だ。


 死にたいのか?


 しにたくはないわ。


 じゃあなんで、


 いったでしょう。わたしはここにいるかぎり、うたをやめたのだからころされなければならないのよ。


 ふぅん。


 だからどうぞ、わたしをころしてちょうだい。


 考えた。僕はボランティアじゃないから、こいつの願いを訊き届けてくれる義理はない。とどのつまり、僕は僕の好きなようにしてかまわない。
 僕はこいつにまだ興味がある。なら、どうだ。


 じゃあ、お前の命、僕が貰ってやる。


 無表情だった女の顔が驚きに動くさまはなんともおもしろかった。僕は気分を良くして、問答無用に女を肩に担ぎ上げた。びっくりするほど軽かった。


 やめて。うそでしょう?


 嘘じゃねーし。


 うたわないわたしにかちなんてない。あるはずないのよ。


 価値の有り無しは僕が決めることだし。


 わたしはうたわないのよ?


 ここでは唄わないだけかもじゃん。


 肩の女が震えた気がした。
 嗚咽が聴こえた気がした。


 おい、ジャケットに鼻水つけんなよ。


 つけない。


 そりゃよかった。


 ありがとう。


 何の礼だ、一体。女は結局ホームに帰るまで泣き止まず、ジャケットには鼻水がついていない代わりに涙で湿っていた。うへ、千年公に怒られそ…。
 と、いきなり女が話しかけてきた。


 わたしのうたはね、どくなのだそうよ。


 毒ぅ?


 そう。わたしのうたをきいたひとが、なんにんかしんでしまったの。ひたいにペンタクルがうかんでいた。あれはどくがまわったしょうこだといわれたわ。


 ああ、そういうことだったのか。
 こいつは適合者だったのか。

 がっかりした。
 千年公に見せる前に殺しちまおう。


 ねぇ。


 なんだよ。


 やっぱり貴方は私を殺すのね?


 額に銃を突きつけると、女は笑った。そうして、



「ありがとう、私を連れ出してくれて」



 死ぬ瞬間まで、とうとう笑っていた馬鹿な女。連れ出したのなんか、気まぐれにすぎないのに。適合者だとわかってすぐに殺したのに。

 ありがとうだなんて。

 ばかなやつ。






そして姫君は沈黙した。





(血溜まりの中、僕は立ち尽くした)










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当初の予定と大幅に変わった物。


20100401 再録