「パパー、そろそろ起きないと遅刻するよー?」
声をかけども返事はない。両手を腰にあて、大きく溜め息をつく。
私は気が短い方ではないが、決して長いわけでもない。
「パパ!遅刻するよ!」
返事がない。ただの屍のようだ。
「パパー!!」
「……ぐぅ…」
「もう、仕方ないなぁ」
これだけ起こしても起きないなら、文句は云わせない。ちなみに起こさないで放置、という選択肢もあるけれど、身内としてそれは却下。立場のある人間が寝坊して遅刻だなんて、ましてや私の父親なんだからそんなもの許さない。ヤマトならいざ知らず。
とゆうわけで。
「……最終手段に移ります」
誰に云うでもなく、宣言。
仰向けで、大口開けて眠りこける父。
足元に立つ私。
立ち幅飛びの要領で、ジャンプ。

「ぐふぅッ!!!?」

―――いわゆるニードロップである。






ワンダフル・ガール!
前編





「パパ、おっはよっ」
「…危うく永遠におやすみするとこだったぞ……」
「口に増えるワカメしこたま詰め込まれたほうがよかった?」
、俺のこと嫌いか…?」
「ううん、私、パパ大好きッ!!」
お腹を抑えて蹲るパパの姿の情けなさといったら、もう云い表せない。こんなんでも会社に行けば一応偉い人なんだから、世の中不思議だ。
「そんなことよりパパ、急がないと遅刻だよ」
「パパが死にかけたのはそんなことじゃないぞ」
「ぐだぐだ云わないでさっさと起きる!ヤマトはとっくに学校行ったよ?」
いつまでも小さいことをぐずるのは男が小さい証拠!
と云うと、パパはひどく傷付いたようで、泣きそうな顔で私を見た。そんなパパが私は大好きです。
しょんぼりとしてしまったパパににっこりと微笑みかけて着替えを促し、私は改めて朝食の準備をするためにキッチンへ向かう。
この家は男二人暮らしのわりには片付いていて、料理もしやすい。パパのかわりにヤマトが家事全般を仕切ってるからなんだろうけど。多分パパに任せたら、一週間くらいでぐっちゃぐちゃにされるんだろうなぁ。
え、私は一緒に住んでないのかって?
簡潔に云えば、答えはイエスだ。
ご存知だろうがうちの両親は数年前に離婚している。私は確かにパパについてはいないが、だからといって私はママと一緒に住んでもいない。
私は全寮制の女子校に通っているのだ。名字は面倒くさいから石田のまま。だけど、別にママについていくのが嫌だったわけでもない。
私はパパもママも、ヤマトもタケルも大好きだったから、誰かを選ぶことが出来なかったのだ。
結局最後まで選べなかったずるい私は、たくさん勉強して、私立の女子校に編入した。そうすれば、どちらかを選ぶ必要もなかったから。
小学校から高校までエスカレーター式の学校なので、それまで私はずっと寮生活。ただ、私立のわりに規則はそこまで厳しくもないので、たまにこうしてパパやママの家に泊まりに来たりしている。ちなみに今日は、うちの学校は開校記念日でお休みなのだ。
暇なので朝からお邪魔してみれば、そそくさと学校へ行く準備をしているヤマトと、ぐーすか寝ているパパ。
バンドの練習があるからと云ってヤマトは焦ったように家を飛び出して行ったけど、あれはきっと嘘だ。私の目は誤魔化せない。なんか隠してるな、あいつ。
追及はまぁあとにして、今はとにかくパパだ。
「パパー、あと10秒で来ないと、納豆に練りわさび一本混ぜちゃうよ」
「い、今行くからやめなさい!!」
酷く慌てたパパの声と、バタバタと走り回る音。そんなに慌てなくたって、本気でやるはずないのに。だって納豆勿体無いじゃない。
それからきっちり10秒後、急いで着替えたためか息を切らしたパパがキッチンに現れる。あ、ネクタイしてない。そこまで急がなくていいのに。
「混ぜてないだろうな?」
「混ぜてないよ。誰がそんな納豆食べるの」
が俺に食わせようとしたんだよ…」
「うん」
冗談!と笑うと、パパは思いっきりため息をついてテーブルについた。
今日の朝食は真っ白ご飯とワカメの味噌汁、ほうれん草の煎り胡麻和え、ツナトマト入り卵焼き、鯵のひらき大根おろし添えにオクラ納豆。我ながら美味しそうなメニューだ。
ちなみにこれは全部私が用意したものなので、私が来たときにはすでに学校へ行く直前だったヤマトは適当にパンでも食べて行ったんだろう。まったく何を慌てているのやら。気になるじゃないか。彼女か?
「冷めないうちに、召し上がれ」
「ああ、そうだな」
とりあえずヤマトは置いといて、パパに遅刻されないように食事を促す。
いただきます、ときちんと両手を合わせて挨拶。
「相変わらずのメシは旨いなぁ」
「そりゃパパのよりはね」
あれ、またパパ落ち込んでる。何か悪いこと云ったかな?まぁいいや。
私は寮でご飯を食べてきたので、パパの正面に座ってぼーっとしていた。だって掃除はパパが出掛けてからするし、今はやることがないのだ。
と、ふと思う。
美味しそうに私が作ったご飯を食べてくれるパパ。これがパパじゃなく、ヤマトでもなかったら。
「…夫婦ってこんな感じかなぁ」
「ぐふッ」
「あ、やだパパ何してるの」
鯵を喉に詰まらせたらしいパパに冷えた麦茶を差し出すと、ひったくるように奪って一気に飲み干した。そんなに辛かったのか。
パパは暫くぜーぜーと大きく肩で息をして落ち着いたようだ。
「パパ、大丈夫?」
「………
「はい?」
ゆっくりと顔を上げたパパの顔には。

「―――好きな男でも出来たのか…?」

死相が出ていた。

「……はぁ?」
ばっかじゃないの、と云わなかった私を褒めてほしい。
女子校に通って寮生で普段接する男と云えばよぼよぼのおじいちゃん先生かパパやヤマトやタケルだけという私に、いつ誰かを好きになる時間があったと云うのだろう。
しかしなんだか今のパパを見ている限りそんなことは云えなかったので、お箸を放り出してテーブル越しに私の肩を掴むパパを呆気に取られながらながめるしかなかった。
「誰だ、どこの馬の骨だ!?ああ、は可愛いから人気はそりゃあるとは思うけどな、まだ早いんじゃないのか!?まだ早い、まだ早いぞ!!まだ中学一年生だろう!!俺は認めん、断じて認めんぞ!!!」
「ヤマトは中二で多分彼女いるっぽいけどいいの?」
「ヤマトは男だから構わん!!」
さいですか。
あまりの剣幕に途中口を挟むことが出来なかったけど、それはパパの杞憂というものでしかない。
なぜなら。
「パパ」
「なんだ!?」

「私、パパが世界一好きだから安心してね」

パパは顔は勿論のこと、性格よし仕事よしで私に優しくてベタ甘い。私は超弩級のファザコンな自信があるのだ。彼氏はパパ以上の人が現れない限り、絶対作れない。あ、あと声も好き。っていうか声が一番好き。
加えて石田家長男はバンドもやってておそらくイケメンと云われる部類の顔だし、クールぶってるところが他人にはさぞかしかっこよく映ることだろう。(身内には爆笑ものだけどね。)
更に、次男は今は可愛らしい母性本能をくすぐられる容姿だけどその内性格も込みでヤマト以上のイケメンになりそうな感じがする。
そんな顔の家族に囲まれている私が、その辺のちょっとイイ顔程度に恋に落ちるとは思わない。顔で恋人を選ぶな?馬鹿ね、第一印象なんて八割顔で決まるものなのよ。現実を見なさい現実を。
ところでパパはというと。
「…………」
固まっていた。
「……おーい?」
返事がない。ただの屍のようだ。二回目。
「今度はアイアンクローを…」
「そうか!!!」
「おおう?」
「そうか〜は俺が一番好きか〜!!」
異様なテンションではしゃぐパパを見て、引かなかったといえば嘘になるけど、それはいいとして。
娘に好きと云われてこんなに笑顔になる可愛いオッサンは何なんだろう。この人私のパパよ。石田家の大黒柱よ。覚えといてね。
「いやぁ安心した!可愛い娘にちょっかいかける変な虫がついたのかと思って心配したが、俺が好きなら安心だな!あ、でも親子だから結婚は出来ないからな?」
「するつもりもないから安心して。で、パパ」
「なんだ?」
「時間」
満開笑顔なパパの後ろにある壁時計を指差す。肩越しにそれを見るパパ。

―――現在7時5分前。

ちなみに今日は朝から会議があるから、最悪7時に家を出ないと間に合わないらしい。冷蔵庫のボードに書いてあった。
時計を見たパパは、しばらく固まったあと。

「ああああああああ!!!!??」

大絶叫した。うっさい。
「無駄話なんかしてるからよ」
がおかしなこと云うからだろうッ!!」
「はいはい悪かったからちゃっちゃとご飯食べて歯磨きして!でなきゃホントに遅刻するよ?」
「だぁぁぁもうっ」
頭を抱えて真っ青になったパパは、ご飯を掻き込むようにして詰めし込むと、急いで洗面所に駆け込んだ。頑張れ、あと4分。
その様子を呆れてみながら、私はおそらくすっかり忘れているのであろうネクタイを取りに行く。クールビズにはまだ早い時期、会議にノータイはチャレンジャーすぎるだろう。
「じゃああと頼んだぞ!」
マッハで歯磨きを終わらせたらしいパパの声が玄関から聞こえる。ちゃんと磨いたのか疑問。
「あ、待ってパパ!」
「なんだっ?」
今にも飛び出してしまいそうなパパを呼び止め、私は玄関まで走る。案の定パパはすでにドアノブに手をかけていた。勿論、ネクタイはしていない。
「はい、こっち向いてー」
「? なんだ?」
「ネクタイ」
「あ」
「じっとしてね…………はい、出来た」
やっぱり完全に存在を忘れていたパパに、手早くネクタイを締める。私は制服がネクタイなので、得意なのだ。
なんだかちょっと照れたような困ったような表情のパパが可愛いけど、こんなこと云ったら怒られそうだから、云わない。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「……ああ、行ってくる。、夕飯は食べて行けるのか?」
「うん、8時までには帰るけどね」
「わかった。早めに帰ってくるからな」
「はいはーい、待ってるね!」
そして今度こそ、パパはダッシュで出掛けて行った。嵐のような朝でした。
残った私にはやることがたくさん残っている。掃除洗濯洗い物、食料の買い出し。一人はきついなぁ。ヤマトがいれば手伝わせるのに。
「ヤマトといえば…」
今日のあの慌てぶり。なんだか私を見た瞬間顔色を変えてたような気がする。しかも、バンドの練習は基本的には放課後、と前云っていたはずだ。
「あ、しまった。パパにお弁当渡すの忘れた」
というかヤマトもお弁当持たずに学校に行ったのかな?
パパは社員食堂があるからいいとしても、ヤマトはお金がない学生さんのはず。学食は味はいいけど値段が、とぼやいていたのは記憶に新しい。
だというのにお弁当なしで学校に行ったということは。
「……彼女の手作り弁当…?」
……………。
これは………。

「―――妹として、確かめなきゃよねぇ…?」

ってなわけで、本気で忘れてっただけだったときのために一応お弁当を持って、私はヤマトの通う中学へ遊びに行くことにしたのである。完。いや、続く!










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家族構成は、パパ、ママ、ヤマト、みこと、タケル。
本当はヤマト、タケル、みことでタケルと双子にしようと思ったんだけど、諸事情により断念。ヤマトタケルノみこと。ネーミングセンスは石田家の問題

パパ大好き、をいっぱい伝えられて満足!パパの好きなところは私の本気 特に声はガチ

石田ディレクターが好き
→声が好き
→平田さんが好き
→サンジくんが好き
私の矢印はこんな感じ


次は学校乱入でどたばたします ヤマトは苦労性で間違いないよね!