「すみませーん、二年の石田ヤマトってどこにいるか知ってますかぁ?」 学校までたどり着いたはいいが、ヤマトの教室もどこにいるかの見当も、そもそもこの学校の見取り図も頭にない私は、とりあえず目についた人に聞いてみるしか手段はなかった。まさか職員室に行って構内放送かけてもらうわけにもいかないし。(面白そうだからやってみたい気もするけど。) さすがに平日の他校に私服で訪ねると、色んな意味で目立つ。好奇の視線が若干痛い。さっさとお弁当渡して彼女(推定)を拝んで、買い物して帰ろう。 善は急げと云わんばかりに、とにかく私はヤマトの居場所を探すことにした。そこで、校門付近で見つけた構内見取り図とにらめっこしてから、ふと視界に入った可愛らしい人に声をかける。ナンパじゃないよ。 「ヤマトくん?それなら今はグラウンドの方にいるはずだけど……」 肩くらいの長さの髪は外ハネ気味で、前髪はキチンとピンで止められている。髪色と同じ茶色の瞳はパッチリしてて、第一印象はしっかり者って感じの人だった。二年生くらいかな?ヤマトくん、て呼んでたし、もしかしたら同級生だったりして。 「ありがとうございます、行ってみます」 「あ、よかったら案内しましょうか?」 「え、いいんですか?助かります!」 「私もグラウンドに行くところだったし、気にしないで」 うわーいい人! 見取り図は見たとはいえ、いかんせん初めて来る場所なので不安なのが本音。思わぬところで女神に出会ってしまった。 じゃあ行きましょうか、とにっこり笑顔で促され、私たちは歩き出した。 「お手数おかけします。えっと…」 「あ、私、武之内空っていうの。よろしくね」 「私、石田っていいまして……」 石田ヤマトの妹です、という自己紹介はなんだかつまらない。どうせならおもしろおかしく、ヤマトが後々困るであろう自己紹介をしてやろう。私には関係ないし。どうせ私は滅多にここに来ないし。石田って云っちゃったけど、別に珍しい名字でもないし。 素早くそれを頭の中で考えた私は、最高の笑顔を浮かべて、云った。 「石田ヤマトの彼女ですぅ」 |
ワンダフル・ガール!
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空さんが消えました。 正確には、ベン・ジョンソンも真っ青なスピードで走り去って行きました。多分グラウンドの方向に。 ……あれ、もしかしてまずったかな。 「……空さんがヤマトの彼女だったりして…」 ……………。 この予想が当たったら、今頃ヤマト、修羅場かなぁ。合掌。 なんて考えながらしばらくそこで突っ立っていたら。 「ヤマトくんの浮気者―――ッ!!!!」 ………わお。ビンゴだよ。 今更ながらちょっと後悔。あと、申し訳ない気がしてきた。空さんに対して。ヤマトに対してはなんとも思わないけど。 あー、今向こうに行ったらおもしろおかしいことになってるんだろうなぁ。 見たいなぁ。あくまで傍観者として。 でもなぁ、さすがにヤマトに怒られそうな気がするんだよなぁ。 まぁいいか。結局お弁当は渡さなきゃだし、怒られたら適当に謝って流せば。 と、自分を納得させて、私は重いながらも軽い足取りでグラウンドへ向かった。 どうか面白いものが見られますように。 グラウンドには死体が一つ転がっていた。 「さ、殺人事件……」 「し、死んでませんよ…!」 思わず呟くと、近くにいた短髪の男子生徒がツッコミを入れてくれた。 でもあれどう見ても死んでるよ。何を隠そう私の兄上が。 「なんとなく予想はつくんだけど、どうなったか訊いてもイイデスカ?」 「……ええと、すごい勢いで走ってきた空さんが――そこに伸びてるヤマトさんの彼女さんですけど――『浮気者!』って平手打ちを食らわせて、また走り去って行きました…って感じなんですが……」 「わぁお」 あー、やっぱり空さんが彼女だったんだ。 予想通りでした。 手遅れでした。 合掌。 さらばだヤマト、君の死は無駄にしない。多分。 「あの……?」 恐る恐る、というように私に話しかけてきたのは、ツッコミ短髪説明男子生徒。真面目そうな雰囲気の人だけど、空さんみたいな大人な雰囲気はないから、おそらく一年生だろう。 云いたいことはわかる。私が何者なのか、おおかた訊きたいのだろう。まぁ、おもしろおかしい事態にはなったし、もう種明かししてもいいかな。とは、思う。 「私、石田っていうの。ヤマトとは将来を誓い合った仲で」 「死ね!」 「お前が死ね浮気者(爆笑)」 「(爆笑)ってなんだァ!!!」 思ったことを実行に移すとは限らない。世の中そんなに甘くない。言葉の使い方が違う?そんなもの気にしない。 地獄から奇跡の復活を遂げたらしいヤマトが、地を這うような声で不吉な言葉を発していた。最愛の妹に何ぬかすかこの愚兄。 「何が将来を誓い合った仲だ!寒気がする!」 「あら大変、それは風邪よ。でもおかしいわね、なんとかは風邪引かないって云うけど」 「馬鹿にしてんのか!?」 「馬鹿だとは思ってるけど、馬鹿にはしてないよ、ダーリン!」 「あーもう止めろ!!空に妙なこと云ったのお前だろ!!!」 「だってまさか空さんがそうだとは思わなかったんだもん」 「だもんじゃない!!冗談も時と場合を考えろよ!!」 「っていうかそもそもヤマトが悪いのよ。私にこそこそするから」 「俺のせいか?俺のせいなのか?彼女なんて見せびらかすもんじゃないし、絶対お前笑うだろ!!」 「笑うねぇ…力の限り笑い飛ばしたあと、一ヶ月は彼女ネタでからかうねぇ」 「だからバレたくなかったんだよ……!!!」 そういうところが馬鹿だと云うのに。どうせいつかバレるんだから潔く紹介すればいいのに、この愚兄は、あくまで隠そうとするから苛めたくなるんじゃないの。そこがわからないうちは、いつまでもヘタレのままね。 空さんになんて弁解するか、頭を抱えている兄は放置することに決めた。手助けは面倒だからしないよ。 「あの…」 「うん?」 「将来を誓い合ったって……?」 「あ、嘘嘘。私こいつの妹よ」 「い、妹さん?」 心底驚いたように目を見開いた彼は、そんな話は知らない、とばかりにヤマトを見た。まぁ、妹がいるだなんてわざわざ話すようなネタでもないし、うちの場合はずっと昔に親が離婚している家族だから、あんまり触れられもしなかったんだと予想はついた。何でもないのに妹の話をし始めるような家族馬鹿でもないしね、ヤマトは。 疑問の眼差しを受けても答えづらそうにしているヤマトがちょっと可哀想だったので、仕方なく助け船を出してやることにする。ヤマトはこう見えて意外とナイーブだから、無理もないのだ。 「うちの両親が離婚してるのは知ってる?」 「は、はい」 「ヤマトがパパと、タケル――私らの弟ね――はママと暮らしてるのも?」 「はい…知ってます」 「うん。でね、名字は面倒だから石田のままだけど、私はどっちとも一緒に住んでなくて、ほら、郊外に大学付属の小中高一貫の女子校あるでしょ?全寮制の。私は普段はそこにいるのよ」 だから、ホントに昔からの知り合いでもない限り、私のことを知らないのも無理ないわけ。 と云うと、ツッコミくんは酷く申し訳なさそうな情けない表情になってしまった。別に私は気にしてないけど、こういう話は普通は暗くなるものなのかな。 「すみません、軽率でした」 「ああ、いいのいいの。ほんの少しは私も悪いし」 「ほぼお前が悪いだろ」 「黙れ浮気者(爆笑)」 「だから(爆笑)ってなんだよ!!!」 そのまんまだよ。 わざとらしく指を差して大笑いしてやると、もはや言葉も出てこないのかわなわなと肩を震わせていた。ああ、面白い。 そんな私たちをやや呆然と眺めていたツッコミくんは、しばらくしてプッと吹き出していた。 「仲がいいんですね」 「うん、私ヤマト大好きだから」 「歪んだ愛情表現をドウモアリガトウ」 「好きな人は苛めたくなる心理、よくわかるなぁ」 ねっ、とウインクを飛ばすと、あからさまに嫌な顔をされた。今晩のヤマトのご飯は白米だけに決定だ。 「そういえば自己紹介がまだでしたね。僕、一年の泉光子郎といいます」 「あ、よかった。やっぱり同い年だったんだ」 「はい。ヤマトさんにはお世話になってます」 「え、逆じゃないの?ヤマトがお世話になってるんじゃないの?どう見ても落ち着き加減が……」 「落ち着きがなくて悪かったな」 「自覚あったんだ」 「お前なぁ……!!」 と、そこまでヤマトをからかっていると、光子郎くんが口元を押さえて笑いをこらえているのが見えた。 「どしたの?」 「いえ……」 目に涙まで溜めて何がそんなにおかしかったというのか。 小さく首を傾げると、漸く笑いが収まったらしい光子郎が、若干口元を緩めたまま云った。 「普段のヤマトさんと、全然違うなぁと思いまして」 「普段のヤマトって?」 「そうですねぇ…」 「お、おい光子郎……」 「外見は勿論のこと、バンドもやってるので女の子に凄く人気がありますし」 こいつイイ性格してる。 焦るヤマトの制止をスルーしたよ。こういうタイプは嫌いじゃありません。 ふんふんとあとでパパにも話して二人でからかい倒してろう、と思いながら聞いていたが、次の発言には本気で噴いた。 「簡単に云えば、クールでストイックって感じです」 「……くうる!!!!」 誰が!? どいつが!!? このヘタレ代表の、まさかこいつが!!!?? 「光子郎!!」 「ッ、ぶぁはははははは!!!!!!」 「は笑いすぎだ!!!」 だってクールって! 云うに事欠いて、クールって!! 我が兄ながら、リアルにネタになってくれる人だと思う。彼女ネタと合わせて、これでしばらくはヤマトをからかうネタには困らない。 ひとしきり笑って腹筋が痛くなり始めた頃、無理矢理笑いを堪える努力をした。そしたら代わりに顔の筋肉が不自然にひきつってしまい、複雑な表情になってしまった。 「いやごめん。兄の思わぬイメージに、妹として爆笑する義務を感じてしまったよ」 「さっきさんと話していた姿が家での普通なら、きっとクールとは結び付かないでしょうね」 本当に光子郎くんはイイ性格してる。 事実を云い当てられたヤマトは、ショックを受けたらしく泣きそうな顔で肩を震わせていた。同情はしない。なぜなら事実だから。 「それにしても、クールな浮気者って……どうしようもないな」 「お前がそれを云うのか諸悪の根源」 うん、まぁ。 真顔で頷けば、ヤマトは心底落ち込んだように肩を落とした。あんまり暗い顔ばっかりしてると、性格まで暗くなるよ。まぁ元から明るいとも云いがたいけど。 「とりあえず空さんの誤解解くのは手伝ってあげるから」 「当たり前だ!!」 「証人として光子郎くんも手伝ってね」 「うう、やっぱりそうなりますよね……わかりました」 「よっしゃーじゃあ早速空さん探そうか!っていうか場所移動しようか!」 「え?」 「何?」 きょとん、とした二人に、私は小声で呟く。 「目立ちすぎて、視線が痛い」 そしてざっと周囲を見回して、一言。 「確かに」 私ら、注目の的でした。 「彼女じゃない?」 じゃあ結局ヤマトくんとはどういう関係なの、という問いに、私は真顔で答えた。 「あなたの未来の義妹です」 殴られた。 「いい加減にしろよ……?」 「ヤマトくんの妹さん?」 「そうでーす!」 わぁい『あなたの未来の』ってところはスルーされてしまったよ。それとも敢えて何も云わなかったのかは気になるところ。なんてったって、もしかしたら本当に将来義姉になるかもしれないんだし。 とまぁその辺は後々詳しく訊くとして。 「そんなわけで、さっきのは大好きなお兄ちゃんの困ったり焦ったり怒ったりした顔が見たかったためについた大嘘なのでした」 結局、逃げるようにしてあの場を後にした私たちは、空さんを探して部室棟までやってきていた。今日は面談期間で短縮授業なので、走り去った方向的にもおそらくこちらに来ているだろうという光子郎くんの予想はどんぴしゃだった。空さんは部室棟の二階の共有廊下から、手すりに寄りかかってグラウンドの方を睨んでいた。 まぁ普通に考えて、彼女宣言した女の子と彼氏――暫定――が一緒に現れたら、それこそ平手打ちを食らっても文句は云えないところだけど、そうしなかったのは光子郎くんがいたからだろう。小学校の子供会キャンプで一緒になったことのあるらしいこの人たちは、普通よりちょっと強い絆で結ばれているのだそうだ。らしい。なんかよくわかんないけど。 とにかく、それでも眉間に深いシワを刻んでしまった空さんに、まずは光子郎くんをぶつけて様子見。生贄じゃないよ。斥候だよ。 光子郎くんには簡単に事情を説明してもらい、そして先ほどの空さんの疑問に繋がる訳だ。 「でも…」 何故かまだ不安そうに私たちを見る空さんが一体何を心配しているのかわからないけど、これ以上空さんが心配することなんてないのだ。 どうしたものかと思ったけど、元はといえば私が撒いた種とも云えるので、なんとかしなければならないだろう。 「確かに普段は一緒に住んでないようですし、空さんが知らなかったのも無理はないですよ」 僕も知りませんでしたし、とフォローを入れてくれたのは勿論光子郎くんだ。ありがとう。私も便乗して頷く。 「そうそう。それに、きっとヤマトは例え私が他人だったとしても、絶対彼女にはしないと思いますよ。ね?」 「世界中で女が一人だけになったとしても、絶対に、断る」 「ほらね?」 そこまで嫌か。 ヤマトのフォローのために云ったこととはいえ、実際否定されると腹が立つのは仕方ない。ていうか、絶対って部分をやけに強調してなかったか?やっぱり今夜は白米オンリーの晩餐に決定だ。 笑顔は空さんに向け、隣にいたヤマトの足をそのまま力一杯踏みつける。ヤマトは声もなくその場で悶絶していたけど、気にしない。 「でも、じゃあどうしてヤマトくんのこと呼び捨てにするの……?」 ああ、それが引っかかっていたのか。納得した。でも、残念ながらそんなに深い意味はないのだ。 「単に、パパがそう呼んでたからですよ」 なんでもパパと一緒がよかったから、大好きなパパの真似をして、お兄ちゃんと呼んでいたヤマトを呼び捨てにするようになったのは、パパとママが離婚してすぐの頃だ。最初はヤマトは勿論、パパだっていい顔はしてなかったけど、ずっとそう呼び続けていたから、もうみんな何も云わなくなった。多分これからも改まることはないけど、これはもう癖みたいなものだから気にしないでほしい。今更お兄ちゃん、なんて呼ぶのはゾッとしないことだ。 ああ、だけど、私とヤマトって外見はあんまり似てないから、さっきみたいに彼女を騙っても違和感ないんだろうなぁ。ていうか、私だってヤマトが彼氏なんて御免だ。私にだって選ぶ権利はあるはずなのだ。誰が好き好んでこんなヘタレを彼氏にするだろう。 「でっかい独り言だな、ええ?」 「あらやだ私声に出してた?」 「わざとらしくとぼけるな!」 「でもさぁ、私だったら絶対お断りだってだけで、空さんみたいな美人ゲットしたんだからよかったじゃない」 我ながら、フォローになっているんだかなってないんだか微妙なところだったけど、それでも照れたように目をそらしたヤマトを見てとりあえずよかったのだろうと思う。でもなんか腹立つ。幸せそうにニヤニヤしやがって。 「それにしても空さん、ホントにこいつでいいの?」 「え?」 「確かに見た目はいいけど、頼りになるかと云われれば首を傾げたくなるし、かっこつけしぃなとこあるし、ツンデレだし」 「俺は泣きたい」 「泣け」 本気で泣きそうな悲愴な表情を浮かべたヤマトを一言で切り捨てると、隣にいた光子郎くんがポンと肩に手をやっていた。慰めてくれてありがとう。よかったねヤマト、優しい後輩がいて。 そんな石田家兄妹を半笑いで見ていた空さんは、しかしちょっと照れたように云ったのだ。 「でもヤマトくんは優しいのよ、すごく」 「…………」 「それに、一生懸命だし」 「………………」 「それからたまに可愛いところもあるし」 「あ、すんませんもういいッス」 「やっぱりかっこいいし」 「や、やめてなんか恥ずかしい!聞いてるこっちが恥ずかしい!」 「まだまだいっぱいあるのよ?」 「軽い気持ちで云ったのに、とんだ反撃を喰らった気分です」 勘弁してくれ、と叫びたくなった私の気持ちをどうか察して欲しい。身内対象のノロケの破壊力は絶大だ。 だけど、安心した。 ヤマトの彼女が、この人でよかった。 「こんな兄ですが、今後ともよろしくお願いしますね」 「あら、嫌だって云ったって、よろしくしちゃうんだから。ね?」 「……おう」 悪戯っぽく笑い、ヤマトを見る。ヤマトは照れて頬をかき、視線を居心地悪そうにさ迷わせた。 パパやママの離縁がトラウマになっているわけではない。そこまで二人は不仲だったわけではなかったから。 ただ、それでも心に何かがこびりついていたのはどうしようもない事実で。 身内が、殊に一応唯一の兄が誰か大切なヒトと笑っているというのは、存外に嬉しいものだった。 願わくば、この幸せが消えないように。途絶えないように。 決して声には出さない祈りは、一体誰が聴いてくれるのだろう。 ―――くだらない。 わからないことは、考えない。 ヤマトが笑っているから、それでいい。 顔だけは笑顔を浮かべながら、心の底辺ではひっそりとそんなことを思う。我ながら、嫌な方面に器用になったものだ。パパもママもヤマトもこんなんじゃないのに。もしかしたら、タケルはわかんないけど。 そんな私は無意識のうちに、ヤマトをやはりからかいまくっていたんだろう。じゃあお前はどうなんだよ、と不機嫌そうに呟いたのが、どんな話題に対してだったのか、生憎理解出来なかった。 フォローをしてくれたのは光子郎くんで、空さんは興味津々といった感じで私を見ていた。何を期待されているのかわからない身としては、若干の居心地悪さを禁じ得ない。 「確かに気になりますね。さんの彼氏になる人って、どんな強者なんでしょう」 「でもきっとカッコイイんでしょうね。だってちゃん、こんなに可愛いんだもの!」 おいおい。 なんでこの人たち、私に彼氏がいることを前提に話を進めているんですか。人の話は聞いたほうがいいと思うよ。 心なしか顔色を悪くして立ち尽くしているヤマトを放置して、やんやと盛り上がる二人に云う。 「期待はずれで申し訳ないけど、私、彼氏なんていませんよ」 「俺は認めないぞ!!」 「どういう意味だクソ兄貴!何を認めないのか云ってみろ!!」 真のKYここにあり。 光子郎くんと空さんをそっちのけで突然真っ青な顔で私の肩を揺さぶり始めた兄の鳩尾に右ストレートをお見舞いする。あれ、なんかデジャヴ。 しかしすぐさま復活したヤマトは、これ以上ないほど真剣な顔つきで云った。 「彼氏なんて、俺は認めないからな!!!」 「あんた自分は可愛い彼女捕まえといてよく云うね」 「俺は男だからいいんだよ!」 今度、ヤマトの公民の教科書の『男女平等参画社会基本法』って語句を全部赤いマーカーで強調しとこう。いや、厳密には云いたい意味とは違うんだけどさ。 っていうか、似た者親子にもほどがあるだろ父と兄。字余り。余りすぎ。 「だいたい、いないって云ってるじゃん!」 「いや嘘だ!お前中身はともかく見た目は可愛いんだぞ!?お前を見て心動かない男がいるはずがない!!!」 「中身はともかくってどういう意味だ!!しかもこんなとこで嘘ついても意味ないし!」 「わかんないだろ!!」 「わかるわボケェ!!」 ええい我が兄ながら鬱陶しい!兄バカにもほどがると思うのだけどどうだろう。ほら、光子郎くんと空さんも、若干引き気味だよ。かく云う私も引いている。誰かこの馬鹿兄の暴走を止めてください。 いい加減、本気でどつき倒してやろうかと思い始めたときだった。その声が、したのは。 「おーい、何騒いでんだ?」 それは底抜けに明るい声だった。 太陽みたいに輝かしくて、軽やかで、初めて聞いたのに、なんだか懐かしくて、どこか心地よい。 不思議な、声。 「太一さん」 呼んだのは光子郎くんだった。出会って長い時間ではないながらも、その名前を呼んだときの声の弾みは間違いない。 「太一、遅い!」 今度は空さん。怒ったように両手を腰に当て、整った眉宇を潜める。 そんな顔も綺麗だなぁとぼんやりと思いながら、私は緩慢な動きで声を振り返った。 「―――――」 咄嗟に、声が出なかった。 「悪ィ悪ィ、俺今日掃除当番だったんだよ」 「隣のクラスなんだから、早めに云いに来なさいよね」 「だから、悪かったって!」 「悪いと思うなら、少しはすまなさそうな顔しろよ」 「してるだろ、十分!」 「ま、まぁまぁみなさん……」 やんや、やんや。 私をそっちのけにして交わされる会話に、しかし私の耳にはそんなもの聞こえなかった。 ちゃらくない程度に着崩された制服。 ややツリ気味の、勝ち気そうな眼。 何より、笑顔、が。 「ん?そういや、なんで私服なんだ?」 今気付いたかのように私を振り向き、心底不思議そうな顔をしたその人――太一と呼ばれた人が首を傾げる。何か云わなければと思ったけれど、咄嗟に何も云えなくて思わずヤマトを見た。 「学校が違うからだよ。俺の妹で、っていうんだ」 「へー」 「やらんからな」 絶対的に、説明が足りていないと思うのは私だけだろうか。光子郎くんも空さんも何も云わないってことは、私だけなんだろうな。うん。 なんてことをぼんやり考えていると、真っ直ぐな視線を感じた。ふとそちらに視線を移せば、それは太一さんのもので。 眼が、合って。 また、笑顔。 「、可愛いな!」 言葉を失った。 一瞬唖然とした私は、しかしすぐにハッとして、手に持っていたお弁当を無理矢理ヤマトに押し付けて、踵を返してダッシュしていた。 向かうは校門、向かうはスーパー、そして家。 とにかくここから離れたい。 太一さんとやらの近くにいられない。 だって死んじゃいそうなんだもの。 心臓が――爆発しそう。 顔が――沸騰しそう。 どうやって帰ってきたのか、買い物をしたのか、いつパパとヤマトが帰ってきたのか、そんなの全然覚えてないし、何を作ったかも何を話したのかも覚えてない。 だけど。 「うわあああああああッ!!!!」 あの笑顔が、声が、頭から離れてくれません。 はっきり云おう。 私は太一さんに、一目惚れをしたのだ。 ----------------------- 終わったように見せかけて、全く終わる気配のない話。 たんのしかったよデジモン!ヤマトをいじり倒すのが大好きだよ! 一番好きなのは太一さんなのに、むしろ出落ちレベルの扱いってどういう……orz 弁当がどうとかなんとか、実はいろいろ拾い切れてないものがあるので、また機会があったら、続きとタケルを書きたい\(^O^)/ |