ねぇ神田

私たち、死んでしまったらいいね






死んでしまったらいいね





滅多にないまどろみの時間、夕刻。茜色がカーテンの隙間から差込み、部屋をその色に染める。
部屋の持ち主である神田は縦書きの本に目を落としており、訪れていた恋人が神田の肩に頭を預けていたときだった。何も話さないので、てっきり眠ったと思っていたのだけれど。
明らかに不審な言葉を発した恋人を、神田は横目で見た。すでに肩に心地よい重みはなく、少し離れて自分を見上げる彼女と視線が絡む。
漆黒の瞳は自分のそれと同じで、だから、少し惹かれた、というのも事実だった。何せここには日本人は少ない。というか、自分以外にみたことがなかった。
自分を射抜く視線に、神田は眉をひそめた。とはいえ、普段から眉間に皺がよりっぱなしなので、皺が一本増えた程度だが。
「・・・なんなんだ、いきなり」
読みかけだった本の続きを読むことは諦めた。途中のページに栞を挟んで閉じ、腰掛けていたベッドの後ろに放る。バサ、と音を立てて本が落ちた。
そんなことは気にもならないようで、彼女も、神田も、ただ相手を見つめる。

「だって」

(死んでしまったら、こんなに哀しいと思うことも、なくなるでしょう?)

(あなたの帰りをココで待っている私の気持ち、あなたに分かる?)

(誰かが死んだという報告を受けて、あなたでないことを祈る私の気持ち、想像出来る?)

(あなたはあなたで大変だけど、私だって、ただココにいるわけじゃないのよ?)

頭に浮かんだその言葉たちを総て彼女は飲み込んだ。云ってはいけない気がした。云ってしまったら、何かが壊れる。何かを失ってしまう、そんな気がした。
だから、一言。
再び神田の肩に頭を押し付けて、きっと酷い顔をしているであろう自分を見られないようにして、搾り出すように呟いた。

「辛い、から」


 ねぇ神田

 私たち、死んでしまったら





そうしたら、あなたと離れることなく、本当の意味で一緒になれると思わない?

(でもそれが絶望なのだと分かっているよ、本当は)










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