月を見上げる君の横顔が綺麗でした。
月光が照らす君はどこまでも美しかった。

けれどそれよりも目を奪われたのは、声も上げずに流した涙。






衝動、衝撃





眠れない夜というものが誰しもある。近藤は今がまさにそうだった。
珍しく日付が変わる前に仕事が終わり、たまにはゆっくり休もうと早々と布団に入ったはいいが、どうしてなかなか眠気がやってこない。目を閉じているだけでも疲れがとれるのはわかっているが、どうにも落ち着かなかった。暫くはそのまま布団の中で寝返りを繰り返しつつ寝ようと努力したが、時計の針が午前一時を回ったところで諦めて布団を這い出した。水でも飲めばまた眠くなるかもしれないと思い、給湯室に向かおうと考えたのだ。
羽織りを肩に掛け、すっと襖を開ける。縁側は月明かりで存外明るく、少し驚いた。思わず夜空に目を向ければ、なるほど今夜は満月だった。道理で明るい、と妙に感心しつつ、近藤は足を進める。

局長である近藤の部屋は幹部隊士長屋の最奥に位置しており、その手前に副長土方、次に一番隊隊長らいくらかの幹部部屋が続いている。長屋は一つというわけでなく、広い敷地にいくつか点在しており、だいたい監察、一番隊、二番隊、というようにまとめて配置されている。
それぞれの部屋は既に静かで、殆どが寝ているか夜勤だった。こんな時間に長屋をふらついているのは近藤くらいのものだろう。局長ともあろう人が帯刀もせずに不用心だ、と鬼の副長なら眉をしかめそうだが、警備を信頼しているのだと思って欲しい。近藤は誰より仲間を信じているのだ。
幹部クラス用の隊士長屋の一番端に給湯室がある。つまり、近藤が給湯室に向かうには途中の部屋すべての前を通らなければならないわけで、だからなんだと云う話だが、近藤にとっては大問題が発生した。
給湯室の隣は、監察兼幹部補佐であるの部屋だった。その部屋の前に誰かいる。普通に考えてだろう。幹部が眠っている可能性を考慮して足音を殺していたためあちらは近藤に気付いていない様子だった。
そのまま足音を殺して近付いたのがいけなかった。

―――月を見上げる横顔は、涙に濡れていたから。

近藤はそれ以上先に進めなかった。あの空間に足を踏み入れてはいけない気がした。それどころか、あれをみてしまったことすら禁忌を犯した気分だった。
が何を哀しんで、あるいは何を思って涙を流しているのか、近藤には皆目検討がつかない。理由も知らずに近付くのは気が引けた。

声も上げずにただただ涙を流す彼女は、不謹慎だが美しく、まるでどこかの美術館でみた絵画のようだと思った。しかし絵画よりも生々しく、どこか妖艶でもある。兎も角、恐ろしく美しいのだ。

不意には俯いた。
そして一度、ゆっくりとまばたきをして。

―――再び月に向けた眼には、深い哀しみが浮かんでいた。





(泣かないでなんて云えないけれど)

(せめて一人で泣かないで)

(これは俺のエゴですか?)

(愛しい君を、気付いたら抱き締めていました)











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20100401 再録