花井梓という名前が本名な女の子は、それで顔が可愛ければ間違いなく芸能界入り出来ると思う。女として若干羨ましい。名前負けしたら痛いけど。
なぜいきなりそんなことを考え始めたのかと云えば、下校途中の私の視線が花井梓、残念ながら男である花井梓、を捉えたからだった。


「ぃよう、はないー」

「おう、今帰りか」

「うん」


花井は男だ。しかも坊主。野球部らしいが名前には似合わない。しかしながら名前負け、ではなく、なんだか名前が負けているような感じがするのは、きっと花井がかなりの男前だからなのだろう。梓だけど。花井梓なんて可愛い名前してるけど。

私と花井は中学校は違うけれど、私が高校進学と同時に花井家の隣にお引っ越しをしたので晴れてお隣さん同士となった。しかもベタベターなことに、部屋も窓を開ければすぐ隣、という事態。ミラクル、成績優秀な花井くんに勉強みてもらうのだって出来るのよ。

何も云わなくたって私に歩調を合わせてくれる花井は優しい。だからモテるんだろう。悔しいけど。


「てゆうかさ」

「なんだ?」

「明日試合なんだってね」


あーとかうーとかわけのわからん声を出して、それからまぁなと花井は首を縦に振った。


「なに」

「いや」

「うざいね」

「……悪かったな」

「悪かないけど」

「なんなんだよ」


ガシガシと頭を掻く。その仕草が実は大好きだ。なんとなく色っぽい気がして。
するとまた花井は、あーとかうーとか唸り始めた。隣でそんなことされたら鬱陶しいことこの上ない。なんなんだ、花井梓。


「お前さ」


ひっぱたいてやろうかと思い始めた頃、どこか照れくさそうに口を開いた。そんなこと坊主にやられても可愛くない。むしろ気持ち悪い。


「花井きもいよ」

「明日の試合、観に来いよ」


無視か。いやいいけど。だがしかし。


「無理」

「な、悩めよ少しは!」

「だって明日は用事あるし」

「まじかよ」

「まじだよ」

「……まじで?」


はっきりと頷けば、花井はガッカリと肩を落とした。そんなにガッカリされるとなんだか申し訳ない気分になるけれど、生憎明日の用事はだいぶ前から決定していたのだ、ドタキャンなんて御免だった。
しかし私も鬼ではない。肩を落としてとぼとぼと歩き始めた花井に少し急ぎ足で追いつくと、バン、と勢いよく背中に当てた。ぎぇ、なんて声が聞こえた。


「お、おまえっ馬鹿力!」

「うっせ!気合いよ気合い!デッドボールはもっと痛いでしょ」


まぁそうだけどよ、と呟く花井は不服そうだ。そんな花井に私はにんまりと笑った。花井の整った顔が、面白いくらいに引きつった。


「明日、負けたらスキンにしてやるから」

「……!!」


私は応援に行けないけどね。ならせめて、約束して、あげようじゃあないか。


「だからね」


家まであと数百メートル、最後の電灯の下にきたとき、私は立ち止まって花井を見上げた。悔しいなぁこの身長差!今は関係ないけどさ。
にーっと笑う。






『明日勝ったら、ちゅーしてあげる!』





 茹でダコみたいに真っ赤になった花井を放置して、私はさっさと家に入った。










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花井大好きです^^


20100401 再録