あのさ、あのさ。

 たとえばの話なんだけどね。






もしものはなし





「はぁ?」


 そう切り出したに、恋次は間抜けな声を出してしまった。いつものことだが、はいきなり何を云い出すのかわからない。予測不能な少女――といえる外見なだけだが――なのである。


「だからぁ、もしもの話なの」


 ぷぅっと頬を膨らませ、斬魄刀の柄を弄り回しながらじれったそうには云う。


「もしあたしが―――・・・」


 そう云って、は口ごもる。恋次にはさっぱり意味が判らない。
 自分の恋人をこう云うのもなんだが、と意思疎通が出来るならばその辺の石とでも会話が出来るだろう。ともかく彼女は意味不明で突拍子もない言動が目立つ人物だった。


「もし・・・」


 もし、だけでは意味が通じるはずはない。そんなことはいくらなんでも判るはずだ。下を向いて、は何も云わなくなってしまった。


「おい、なんだよ?」


 痺れを切らした恋次が問うが、それでもは黙ったままだ。自分から話を切り出しておいてそれはないだろうと恋次が思うのも無理はない。


「夢をね、見たの」


 漸く口を開いたかと思えば、さっきの話とは違うことを云い出した。さすが、行動が読めなさすぎる。
 へぇ、と促す。は下を向いたまま話し出した。


「その夢がね、あたしと恋次の夢だったんだけど」


 ちょっと待てそれでお前は今落ち込んでるのか。

 思わずツッコミそうになった自分に規制をかけ、とりあえずはの話に耳を傾ける。入れてきた緑茶がいい感じに冷めてきた。


「あたしと、恋次しか居なかったんだけど」


 声のトーンが下がっていく。ぎゅっと、膝の辺りを握りしめた。



「あたしと、恋次が敵だったんだ。」



 泣きそうな声。
 考えたくないけど、こんな夢を見てしまったら考えずにはいられない。
 ねぇ、恋次。
 もしも、もしも。



「あたしが恋次の敵になったらどうする?」



 不安なんだ。
 あなたは死神で、そしてあたしも死神で。
 余程のことがなければ死神同士が敵になることはまずありえない。でも、万が一そんな事態が起きて、自分たちが敵になったら。
 そんなことを考えたら寒気がした。考えないようにしても、目を閉じれば夢がフラッシュバックしてくるのだ。

 斬魄刀を抜き放ち、それを自分に向ける恋次。――感じるのは純粋な殺気。
 斬魄刀を抜き放ち、けれど恋次に向けられない自分。――感じたのは、恐れ。

 夢で恋次に斬られたとかそんなことではない。夢はその対峙している場面で終わってしまったから。しかし、続きを見ていたとしたらどうなったのだろう。自分は彼に斬られていたのだろうか。または自分は彼に刃を向けていたのだろうか。
 怖い。
 どうすることも出来なかった夢の中の自分が無力で、は泣きそうになった。あれが現実になる可能性などは皆無に等しいというのに。


「馬鹿か、てめぇは」


 あっさりと告げられた言葉に、ぎょっとしては顔を上げた。恋次を見てみれば、心の底から呆れかえっている表情を浮かべている。
 べしっと頭にチョップが降りてきた。


「痛ッ!!?な、何すんのよ!?」

「てめぇが馬鹿で救いようがねぇからだ」

「なんっ―――・・・」


 抗議の声は最後まで続かなかった。恋次の顔を見たら、そんな言葉はどこへにか消えてしまったのだ。



「俺がお前の、敵になんざなるわけねーだろ」



 ろくでもねぇこと考えんじゃねぇよ。
 まだ少し湯気の立っている緑茶を啜りながら呟いた。
 は目を見開いて恋次を見る。恋次は緑茶を啜っているだけで、を見ようとしない。
 おそらく、照れているのだろう。


「・・・そっか」


 小さく笑い、は冷たくなった緑茶に口を付けた。










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消化不良万歳。(そんな馬鹿な!)
恋次もそれなりに好きです。(にこり)