もしも私が死んだら、
どうかどこかに埋めてしまったりしないで。











何て長閑な日だろう。
旦那は使いで遠出してるし、大将は軍神の旦那とお茶のみだし、最近どこの国も目立った動きはしてないから偵察の必要もない。仕事がないって素晴らしい。
そんなことを考えながら屋敷をふらついていたら、縁側にお茶セットを持って座っているちゃんをみつけた。名前を呼んで、隣いい、と訊けば。
「待ってたよ」
そう云って笑った。
一瞬何かと思ったけど、ちゃんと俺のぶんまで用意されている湯飲みとこの子の能力を思い出して合点がいった。
そして暫く他愛もない話をして、ふぅ、と一息ついたところで、あの台詞。俺の動きを止めるには十分な威力を持っていた。
忍として、大方すべてのことには冷静に対応出来る心構えを持っているはずだった。
なのに、その俺が、たったの一言に、まさに絶句したのだ。
「……は?」
「お、佐助にしては新しい反応」
「茶化さないで」
意味がわからない。何故突然。
へらりと笑うちゃんの笑顔はどこか遠かった。無理をしているふうではない。我慢しているようでもない。けれどいつもとは違う。そう、云うなれば、達観して、望むことを忘れてしまったかのような。そんな、笑い方を。
掌で湯飲みを遊び、決して俺の方をみないでちゃんはぽつりと云った。
「やっぱり、私はこの世界の人間じゃないからさ。呑気に骨を埋めて墓標を立てて、なんてしちゃいけないと思うのよ」
「なら、死ななきゃいーんじゃないの」
「それは、力がある人が云えることだよ。私には何の力もない」
「だから俺様たちが護ってる。甲斐だけじゃなくて、竜の旦那も、鬼の旦那も」
本心だった。ちゃんにそういう力がないことは、十分、痛いほどあのときに知った。だから、護らなければならないと、半ば義務のように感じながら、それでも心からちゃんを護りたいと思ったのだ。俺だけじゃない。竜の旦那も。
そして、何より誰より、鬼の旦那が。
するとちゃんは、うん、と小さく頷いた。
「わかってるんだけど、ね」
「わかってない」
「ううん、佐助、わかってるの。でも、だから余計に」

―――護られてばかりは、怖い。

小さく呟かれた一言は、ずしんと重かった。
怖いとちゃんは云った。
護られることが?
安心する、ではなく。
この桜色の唇は、怖いと確かに云った。
「いつか」
茶の瞳は湯飲みではなく空を見上げていた。鱗雲が広がっていた。
いつか。

「誰かが、私を護って死んでしまったら」

―――そう考えてしまって。
怖くなった、とちゃんは云う。笑っていなかった。代わりに泣いてもいなかった。ただ、呟いた。
思考力の低下した頭で考える。ちゃんの云った言葉、一つひとつすべての意味を。
難しい言葉は使っていない。
竜の旦那のように、異国語で話しているわけでもない。
なのに、難しくて。
もどかしくて、悔しかった。
「なら、」
茶はもうとっくに冷めてしまっている。一口も飲んでいないのに。
「なら、―――…」
続きは言葉になってくれなかった。口を吐くはずだった言葉は、虚しく無音で空に散った。
ああ、無情。
「佐助はさ」
ゆらりと風が吹き、短くなったちゃんの髪を揺らした。
思わず、見とれた。
「私なんかより、やることたくさんあって、重要な人だよね」
「……何、それ?」
「死んだらいけない人、ってこと」
「は?だからってちゃんが死んでもいいわけじゃないでしょ」
「うーん」
「そんなくだらないこと考えたら、俺様、本気で怒るよ」
「あ、違うの、違うよ佐助、そうじゃなくてね」
何て云ったらいいのかなぁ、とちゃんは困ったように笑った。
「ただ、忙しいし、考えることなんかありすぎるのに、こんなこと話しちゃってごめんねって」
「そんなこと……」
「でも佐助しかいないと思ったの」
「何が?」

「本当に私が死んだとき、私が望むようにしてくれるのは、佐助だけだと思うの」

それは。
一体どういう意味なのか、と口にしようとして、悟った。
多分、旦那方やお館様たちは、ちゃんと亡骸を埋葬して、墓標を立てようと云うに違いない。例えそれが、ちゃんの望まない結果であっても。故人に対する礼儀だと云って譲らないだろう。
そして何より、そうしないのは彼ら自身が耐えられないのだ。
その点、俺は。

「どうか、全部焼いて、そして灰になった私を」

ちゃんの望む通りにするだろう。





「 あの海に、還して 」











遺書。





(死して君は海を望むのか)

(決して今は海を望まずに)

(死んで漸く、彼の隣を望むのか)










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でも、ほんとはそんなことしたくないから、絶対に死なせないと誓う