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死を畏れていたわけではなかった。ただ、惜しんでしまう。哀しんでしまう。だってあいつを置いて逝くだなんて、そんなこと。 それでも死は待ってくれない。刻一刻と手足から体温が抜け落ちてゆく。ああ、これが死か。まるで他人事だった。今まで自分がどれだけの人間をこの死に至らしめて来たのかは知らない。両手で数えきれなくなってからは、面倒くさくなって数えなくなった。随分前のことだ。 しかしおかしなことに、自分自身が死に至ろうとしている。 一体どこで道を誤ったのだろう。あのときああしていたならば。そんな考えは無意味だ。何故ならそれはもう過去の話であって、今、この瞬間に振り返ったところで覆りようのないことなのだから。 遠くで自分を呼ぶ声がした気がした。 酷く懐かしくて聞き慣れた声。耳に馴染んで消えることを拒否する声。あいつの声。 重い瞼を無理矢理こじ開けた。眠いわけではない。だから辛い。うっすらと見えた光の中に、あいつがいた。泣いていた。必死に何かを叫んでいた。けれど生憎聞こえない。もう耳は馬鹿になっていた。さっきあいつの声を拾えたことは奇跡に近かったらしい。なんとも都合のいい奇跡だ。しかし、それに助けられた。こうして最後に、あいつの姿を目に焼き付けられた。 「――――――!!!」 なぁ、聞こえねぇよ。そんなに叫んでも。 「―――…!!」 なぁ、泣くなよ。ぶさいくになってるぞ。 「 」 死ぬのは怖くない。 ただ、惜しんで哀しんでしまう。 あいつを置いて逝くなんて。 俺がいない未来だけれど どうかお前は生きてくれ -------------------- 死にたくないなんて、云えなかった |