このまま世界が終わるなら、それでもいいと思った。






アイム、アイム、アイム。





辺りに転がる骸の大半は自分が屠ったものだ。残りの骸は、死んでいった仲間たちだった。自分の他には五人の仲間が同行していたのだが、その全員が死んでしまった。
つい先ほどまでは血走った狂気の眼で自分を睨み付けていた天人たちは、今はもう誰一人として起き上がることはない。また、仲間だった彼らも。
憎しみを持って刀を振るうことに、最早罪悪感など抱かなかった。
大切な人を奪った――間接的ではあるが――天人を、この国をおかしくした異物を、どうして憎まずにいられようか。
死ぬ方が悪いのだ。
殺される方が悪いのだ。
弱い方が悪いのだ。
敵なのが悪いのだ。
私の前に現れたのが悪いのだ。
私は悪くない。
悪く、ない。
刀にこびりついた血液をぬぐいとりながら、そう何度も心の中で繰り返す。慰めではない。真実真理だ。
刀身が元通りの輝きを取り戻したのを確認し、ゆっくりと鞘に収める。
あの人がくれた刀。通常より一回りは大きく、刃渡りも若干長い。リーチの差がある自分のために、わざわざ特注してくれた、業物。
己の身を護るために使いなさいとあの人は云ったけれど、本当はあの人を護るために使うつもりだった。結局、それは叶わず、自分の身を護るためでもなく、憎しみの消化のために使うことになってしまったが。
それについての罪悪感なら少ある。あの人の望むようには出来なかったから。
しかし、それを諭してくれるはずのあの人はもういない。
道を踏み外した自分を見る優しい慈悲深い双貌は、もうない。
憎まずに、いられようか。
柄を握る手に、ギリと力がこもる。
何故あの人が死ななければならなかったのか、今考えてもわからない。
この世は不条理だ。理不尽で、傲慢で、愚かだ。
あの人は死んでしまったのに、そんなことは知らぬとばかりに日は昇り日は沈む。何事もなかったように、世界は廻る。
あの人を殺した天人が、大通りを闊歩する。我が物顔で、この国を支配する。
許せない。
憎い。
だから自分は刀を振るう。
護るためにと云われた刀を、破壊するために、振るう。

「―――

声がした。振り返り、自分を呼んだ人物を視界に入れて力なく微笑む。ホッとした。
「晋介」
あの人を失ったとき、彼がいなければ自分はきっと狂っていた。
あの人とは別な意味で、大切な人。
ゆっくりとこちらに歩いてくる晋介の衣服にはところどころ返り血らしい血痕がついていたが、歩き方からして彼自身に大きな怪我はないようだ。そのことにも安心した。
自身もふらりと晋介のほうに歩いていく。吸い寄せられるように。
手を伸ばす。彼も、自分も。
手が触れる。かさついた優しい手と、血塗れの業の手が。
そして、ぐいと引っ張られ、次の瞬間。自分は晋介の腕のなかにすっぽりと収まっていた。
驚きはしない。
耳を晋介の胸に押しあて、鼓動と温かさを感じる。
背中に回した手で、回された腕で、彼の存在を感じる。
―――生きている。彼も、自分も。
血濡れた大地、物言わぬ骸が転がる凄惨な光景。
そんな場所で抱き合う自分たちは、端から見たら相当な場違いに映ったに違いない。
けれど、今だけ、この瞬間だけ。
晋介の腕に抱かれている今だけは。

この幸せが続くなら、死んでも構わないと、思ってしまう。










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先生の存在が偉大すぎる件^^