allegory





例えば私と伊作が幼なじみでなかったとして、その時は一体どんな人生になっていたんだろう。
そんな詮のないことを考えていたら、擂り鉢と大量の薬草を持った伊作が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。留は?」
「さっきまでいたけど、吉野先生に呼ばれて行っちゃった」
「ふぅん」
「薬作りなら手伝うよ?」
「そう?じゃあ、お願いしようかな」
ただいま、おかえり、の挨拶は今や当然だ。ここは伊作(と食満先輩)の部屋だけど、伊作がいればそこは私の居場所になる。だから、おかえり、ただいま。
悪いね、と云いながら準備を進める伊作に、お礼は杭瀬村の名物甘味でいいよと笑う。
もしも私と伊作が幼なじみじゃなかったら。こんな当たり前のようなやり取りも出来なかったかもしれない。そもそも出会いもしなかったかもしれない。
そう思うと、私が伊作の幼なじみとして生まれてきたことって、奇跡みたいだと思う。
擂り鉢に伊作に云われた通りの草とお湯を注ぎながら、私はなんだか感動した。
「ね、伊作」
「うん?」
大量にあった薬草が半分程になり、ふぅと伊作が一息ついたのを見計らい、私は思いきって訊いてみた。
「私と伊作が幼なじみじゃなかったら、どうなってたかな?」
すると伊作は、ぽかんと口を開けて固まった。間抜け顔だ。こんな顔、立花先輩に見られたらからかわれるに違いない。
おーい、と声をかける。暫くは反応がなかったけれど、目の前で手を叩いたのは効いたらしい。びくりと肩を震わせたあと、怪訝にまゆをひそめた。
「どうしたんだい、いきなり」
「別に、深い意味はないの。ただ訊いてみただけ」
「・・・本当に?」
この幼なじみは、意外と疑り深い。本当にそれだけなのに、なんだか探るように私を見るのだ。
特に隠すことも疚しいこともないので、私は普通にしてるけど。それにしたって、気持ちのいいものではない。
ちょっと腹が立ったので、無造作に擂り鉢の中に大量のお湯を注いでみた。直後、わぁという情けない伊作の叫び。カッコ悪い。
「もう、なんてことするんだ!また薬草取りに行かなきゃならないじゃないか」
「だって伊作、答えてくれないから」
「そんなの答えるまでもないだろ」
簡単な片付けをして薬草を取りに行く準備を始めた伊作は、あっさりと云った。

「幼なじみでなくても、私はの傍にいるし、絶対に味方だよ」

例えば、とかもしも、とか、そういう仮定の話はきっと無意味だ。だって今はもう今で、変えようのない現実なのだから。
それでも時折考えてしまうのは、どうしようもなく不安になるから。
当たり前のようにある現実が不安になってしまうから。
不変のものなんてありはしない。私はそれを確かに知っている。
けれど。
「・・・そっか」
けれど。
「そうだよ。さ、追加の薬草取りに行くよ」
「私も?」
「当然。薬を水増ししたのは誰だい?」
「伊作だよ私見たよ」
だよ。文句云わない!」
ほら、と呆れ顔で手をさしのべてくれるこの幼なじみだけは、これから先、ずっと変わらず私の味方でいてくれて、ずっと傍にいてくれるのだと、そう信じられる。
いつでも一歩先に進んでしまうこの人は、しかしいつでも待っていてくれる。手を伸ばせば届くところで、いつでも私を認めてくれる。

例えばもしも。
あなたに出会わなかった人生なんて、もう、考えたくもない。










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伊作と
掛け算にはならない関係。
幼なじみ以上にも以下にもならない絶対不変の関係。
変わらないものがないのが絶対であるように、変わるものがあるのも絶対だと思う。変わらないものも変わるものも、絶対にあるよ、という話。