消せない温もり





決して優しくはなかった。
けれど誰より優しかった。

あの人はすべてを壊した。
けれどすべてを直した。

あの人はすべてを憎んだ。
けれどすべてを愛した。

あの人はすべてを疎んだ。
けれどすべてを受け入れた。

あの人はすべてを許さなかった。
けれどすべてを許したかった。

きっとあの人は世界を元に戻したかったのだろう。
過去に異常になってしまったこの世界を、正常に。

誰も気付かなかったし、気付こうともしていなかったあの人の根本。
結局のところ新座者で部外者で、当事者にも関係者にもなりきれなかった私が云うのもなんだけれど、多分、この世界であの人を理解したかった人間なんてものは私くらいのものなんだと思う。少なくとも私は他の誰かよりも、あの人を理解したくて、理解したつもりでいた。自己満足でしかない独りよがりな考えかもしれないけれど。
それでもいい。
独りよがりで十分だ。だってそれはつまり、私はそれでいいと思っているということ。
自己満足、上等だ。自己でないものを満足させて一体何になる?他人のためだなんて謳ったところで、結局のところそれは、『他人のため』を笠に着た『自分のため』だ。純粋に他人のため、なんて、絶対にありはしない。
それは何を云おうと、何かを云っている私であれ、例外ではない。
あの人のために、私は生きた。
あの人が殺せと云ったから、殺した。
あの人が壊せと云ったから、壊した。
あの人のため。
あの人のため。
あの人のため。
『あの人』に愛されたくてあの人に付き従った私『のため』。
なんて道化、まさに喜劇で悲劇。
開場前に開幕した物語のように、滑稽だ。
だけどそれで構わない。
そんなことでも、あの人の役に立てたなら、それでよかった。
それなのに。

それなのに、あの人はもう、いない。

なんの前触れもなく、死んでしまった。
進軍を私に知らせることなく、私の部隊は残らず置いて、あの人は行ってしまった。
何故あの人はいなくなってしまったのだろう。
だってあの人が負けるはずはない。
だってあの人が死ぬはずがない。
だって、だって。
だって、だって。

あの人が、私を置いて逝くなんて。

あの人は決して優しくはなかった。
それでも私には十分で、だからあの人の傍は暖かかった。
例えあの人が私を愛していなくとも、私があの人を愛しているから、それでよかった。
それが私。
それが従僕。
それが私。
それが奴隷。
それが私。

それが、私。

あの人は私を愛してくれなかったけれど、傍には置いてくれた。
無条件に、それだけは許してくれた。
あの人の隣はとても寂しくて哀しかったけれど、優しくて暖かかった。

それなのに、もう、貴方は居ない。










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あなたの温もりを知っているのは、きっと世界中で私だけ。