misery
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「皇王ルカ・ブライト陛下崩御」 城内をそんな言葉が飛び交った。 ある者は驚き、ある者は落胆し、ある者は諸手を挙げて喜んだ。 誰もが、ホッとしていた。 哀しみに暮れた者は、一人としていなかった。 ほんの少しの虚無感はあっても、あの人のために涙を流した人は誰もなかった。 死んだ。 死んだ。 死んだ。 結局私は何も出来なかった。 護ることも、戦うことも。 傍にいることすらも出来なかった。 ルカさまの亡骸を抱き締めて、泣き叫ぶしか出来なかった。 『何故殺した!!!!!』 その叫びが見当外れであることは気付いていた。 ルカさまはあまりに人を殺しすぎた。翻弄しすぎた。蹂躙しすぎた。なぶりすぎた。 殺さなければ、死ななければ、きっとその殺戮が終わることはなかっただろう。 だから、戦いを終わらせたいのならばルカさまを殺す以外に道はなかったのだ。ルカさまが死ななければ、戦いは終わらないのだから。 だから、何故殺した、なんて。 だから、それを知っている私が糾弾するなんて。 見当違いのお門違い、思い違いの勘違い。 けれど、それでも。 都市同盟にとっては怨敵であっても、私にとっては唯一無二の主であって。 誰より大切な人であって。 失くしたくない人、であったから。 だから泣いて、叫んだ。 『ルカさまを返してよ!!!!!!』 泣いて、泣いて、泣いて。 泣いて、泣いて、泣いた。 ルカさまが死んで哀しい。 ルカさまを護れなかったことが悔しい。 ルカさまを殺した都市同盟が憎い。 こんな思いは全部、あのとき涙と一緒に流せてしまえたらよかったのに。 持ち主不在になった部屋で、私は特に何をするでもなく、立っていた。 ここにいれば何かが変わると、思っていたわけではない。そんな甘い夢を見られるほど、私は現実逃避していない。 けれど、今はどうしてもここにいたかった。 ルカさまの執務室。 持ち主不在となった執務室。 ここは、感傷に浸るにはもってこいの場所だった。 執務机の前にあるビロード張りの豪奢なソファからルカさまを見るのが好きだった。 なのに、あの逞しい人はもう、執務にあたることはないのだ。 絶対的に圧倒的な破壊力を有したあの人は、死んでしまったから。 「―――」 足音が聞こえていたから、誰かが近付いてきているのは知っていた。 静かに開いたドアを、しかし私は振り返らない。 侵入者はもとから期待などしていなかったように、小さくため息をついただけで、私の近くまでやってきた。 「何してんだ、こんなとこで」 シードだった。 赤と白を基調とした軍服に身を包み、帯剣して。 私の傍に、やってきた。 「……そっちこそ何しにきたの、こんなとこに」 少々皮肉を込めて云う。 すべてを知った上でルカさまを戦場に送ったシードもクルガンも、ルカさまを見殺しにしたのと同じなのだ。 一体どの面を下げて私の前に出てきたのか。 知らないとでも、気付かないとでも思っているのだろうか。 だとしたら私も舐められたものだ。 あの人の傍に私が居られたのは、私があの人にとって有益な道具だったからなのに。 あの人の傍に居られたということは、私にはそれだけの利用価値があったからなのに。 あの人のためなら、私はなんだって出来たのに。 それとも、すべてを知ってしまった私が、それで尚、彼らを許すとでも思っているのだろうか。 「戴冠式の日取りが決まった」 だからそれを伝えに、とシードは云った。 私はふんと鼻を鳴らす。 「そう。で?」 けれど生憎、そんなものは私には関係ないことだった。 私はルカさまの従僕。ルカさま以外の誰かに仕えるなど、それこそ、死んだって有り得ない。 あの人が死んでも、私が死なない限り、契約は有効なのだから。 「―――白狼軍」 言外の拒絶を感じたであろうに、シードは構わず続けた。 「ジョウイ殿が、白狼軍はお前に任せるそうだ」 「………え…?」 「じゃあな。俺は確かに伝えたからな」 頭が真っ白になった。 白狼軍は元々ルカさまが作り、ルカさまが率いていた軍であり、ハイランド王国軍とはいえ全く性質の違う部隊だ。白狼軍に属する者は、ルカさま直々に選出され、恐らくルカさまに心酔していると云っても過言ではない。あの凶悪なまでの力に、狂っていたのだ。 だから、ルカさまのいなくなった今、あの部隊は不穏分子とみなされて解体されると思っていた。 白狼軍は、ルカさま以外の主人など認めないだろうと。 そして、務まる誰かはいないだろうと。 思って、いたのに。 白狼軍を、よりにもよって、この私に? 「馬鹿にするにも程がある―――…」 ドアに手を掛け、今まさに出ていこうとしていたシードがぴたりと動きを止めた。そのまま聞く。 これまで我慢してきた憤りが、今の話を聞いて一気に爆発した。 「どれだけ私を馬鹿にすれば気がすむの。あなたたちはルカさまを殺した。あなたたちがルカさまを殺した。直接手を下さないで、都市同盟のやつらを使って。私はもちろんあの人を手にかけた都市同盟を許さない。だけどそれ以上にあなたたちを許さないよ。ルカさまが邪魔だから、自分たちの力ではあの人に勝てないから、都市同盟を利用して、私からルカさまを奪ったあなたたちを絶対に許しはしない。それに私はあの人が死んでもあの人だけの従僕よ。永劫にね。私に命令していいのはあの人だけなの。ジョウイに伝えて。そんなものは完全に断るって。どうしてもって云うなら、直接私のところに来て頭を下げなさい」 声が震える。怒りからか、哀しさからか。わからなかったけれど、わかる必要もない。どうだっていいのだ。 短い沈黙を挟んだあと、シードはわかったと頷いて部屋を出ていった。 やはり最初からいい返事など期待してはいなかったのだろう。だったら来なければいいのに。まったく、主人のいる人間は大変だ。 不意に虚しさに襲われ、グッと唇を噛み締める。 突然涙が溢れた。 豪華な毛皮の敷物に、ぽたりぽたりと滴が落ちる。 自分の意思とは無関係に流れ落ちるそれの止め方を、私は知らなかった。 次々に滴り落ちる涙を、ただそのままにした。 拭うことも忘れて、私は声を上げずに泣き続けた。 心の中で、叫ぶ。 ルカさま。 会いたい。 ルカさま。 ―――ルカさま。 あの世にこの声が届くのならば、どうかあの優しい人に聞いてほしい。 あなたの居ない世界は寂しくて辛くて痛くて怖いのです。 出来ることなら、私の、あなただけの従僕としての最初で最後の最期の我が侭を聞いてください。 『あなたの手で私を殺して、そうしてあなたの傍に置いて』 どれだけ叫んでも想っても、伝わらないのがわかっていても。 あなただけを見つめて生きてきたはずなのに、私はどこで、あなたの背中を見失ったのでしょうか。 ----------------------- 結局白狼軍はが率いることになりますが、その辺りは別な話で書くつもり。 ていうか、白狼軍って第一軍のことだったけか。若干その辺忘れたので、ここではルカさま特選隊と云う事にしといてください(笑) ルカさま死亡は、ハイランドにどんな衝撃だったのかなぁ。個人的にはルカさまが大好きなので超ショックですが。 都市同盟を潰すことしか頭になかったおかげで、国内には目もくれなかったルカさまは、国民からはどう思われていたのか。正しく政治を行なってたらどうなるのか、すっごく気になる。もしかして、すごくいい国になったりすんじゃないかなって思うのは、夢見すぎなんでしょうか(笑) 狂皇なんて、寂しすぎるよ。 |