不可能なんてないと思っていた。
なんでも出来るつもりでいた。

手を伸ばせば、あの月にも触れられると信じていた。

「馬鹿ね。そんなはず、ないのに」

西を目指す旅の途中の宿屋、与えられた一人部屋では一人ごちた。どれくらいの時間、こうしていたのだろう。先程淹れたコーヒーはもう温くなってしまっていた。

月が綺麗な夜だった。雲一つなく、澄み渡る濃紺に星の輝きがよく映えた。
いつもだったら夜遅くまで悟浄や悟空とカードゲームをしているところだが、今日はそんな気分にはなれなかった。
今日は昼からずっと天気がよかったので、夜は星が多いだろうと予想していた。実際思った通りの星の海が広がり、は早めに部屋に戻ったのだ。
今日は、空を見上げたい気分だった。

、』

  ・
あの子を、あたしは知っている。

意識とは無関係に名前を読んだのは、真っ赤な髪を靡かせ、哀しい眼をしていた人。は彼のことなど知らなかった。
知らないはず、だった。

…』

あんな声で呼ばれてしまっては、いくらなんでも突き放せない。それ以前に、あのときのには、あれは誰だろう、という疑問などなかった。

『紅』

迷いなく紡いだのは知らない名前。生まれて初めて口にした名前。
けれど確かに知っていて、それでいて、とても懐かしく、愛おしい名前。

「……紅、」

吐息のように吐き出した名前はやはり愛しい。
口が震えて目頭が熱くなる。

『―――

なのに、今の心にいるのは彼ではなかった。優しいエメラルド色の瞳。暖かい笑顔の人。

苦しい。

でも。


―――八戒。


あたし、もう、戻れないわ。





次の日、は三蔵一行から姿を消した。

朝焼けが綺麗な日だった。






光源の消失











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今は告げられない

サヨナラは、まだ待って


20100307