忘れないでね 私はいつでも何をしていてもどこにいても あなたを愛しているから。 あなたをひとりになんて させないから。 ねぇアローン。 愛してるよ。 |
憧憬
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夢を見た気がする。酷く穏やかで懐かしく、それでいて胸が締め付けられるほど切なくなるような、そんな、夢。 ―――夢?あれが、夢? わからなかった。そもそも自分が夢など見るはずもないのに、何故夢を見た、と思ったのだろう。人間ではないのだ。夢など。 ―――忌々しい。 人間であった頃の自分は、アローンだったあの少年はもうどこにもいない。いや、そもそも存在など初めからしていなかった。単なる仮初めの姿、存在、呼び名。あの頃確かにアローンと呼ばれていた存在は、最早無意味な過去でしかない。 ―――何だと云うのだ。 だというのに、脳裏に焼き付いた笑顔が、耳を揺るがす声が、胸を焦がす想いが。離れない。神であるはずの自分を、あの存在はこんなにも戸惑わせる。許されないはずのことだった。けれど、許されるとか許されないとか、そういうことはすでに問題ではなく、ただ、それは現実だった。彼女。鮮やかな金の髪を靡かせ、サファイアの瞳を煌めかせ、涼やかな声を響かせ、穏やかにいつも微笑んでいた、彼女。 ―――何故…… いつも傍に、と云っていた彼女がいつ姿を消したのか、覚えてもいなかった。傍にいたのだ。確かに。しかし、ある日忽然と彼女は居なくなった。想い出だけを痛烈に残して、彼女は居なくなってしまった。恐ろしい喪失感に震えたけれど、不思議と涙は流れなかった。苦しかったけれど、哀しくはなかった。痛かったけれど、寂しくはなかった。虚しかったけれど、辛くはなかった。そこにあるのは、彼女が消えたと云う事実と、受け入れた自分という存在。 ―――ああ、そうか。 温もりだけが消えない。手を伸ばしても掴めないもどかしさの正体を、アローンだった頃の自分は知っていた。しかし、今の自分にはもう必要ない感情だ。 ―――そうなのだ。 知っているが、知らないふりをする。不必要な感情だから。それでも切り捨て、忘れることはしない。憶えている。忘れないし、忘れられないし、今となっては忘れるつもりもない。冥王となったからこそ、すべてを支配する王となったからこそ。 ―――あれは、きっと…… キャンバスには描くことはない。失うつもりは毛頭ない。手に入るとも、思っていないが。 笑う。口元だけで。 揃いだと云った金の髪。 海のようだと云ったサファイアの瞳。 まるでカナリヤだと云った声。 太陽の輝きだと云った、微笑み。 蜃気楼の如く消えた彼女が云った、誓いにも似た言葉。 『愛してるよ』 僕も、愛してるよ。 もう無邪気に笑える僕は―――どこにも、いないけれど。 ------------------------ それは、唯一無二の、小さな悔い。 |