祝いの言葉と共に花輪を受け取ったアルデバランは、照れ臭そうに鼻頭を掻き、ありがとう、と少女に笑顔を向けた。
すると少女は顔を真っ赤にして俯き、それから慌てたように頭を下げて早足で去って行った。
残されたアルデバランといえば、これまた頬を赤く染め、花輪を握り締めて立ち尽くしていた。
そんな彼をこっそりと観察する影が、ひとつ。






ラブ・パレード





花輪を持ったまま微動だにしないアルデバランの背後から、その影はこっそりと近寄った。黄金聖闘士とあろうものが背後からの接近者に気付かないとはたるんでいるとどこかから怒号が飛んできそうだが、生憎この場にそんな野暮なことを云う人物はいない。
こっそり、こっそり。
足音も息も殺してアルデバランのすぐ傍まで接近して、漸く。

「ア、ル〜」

「のわっ!?」

思いっきり背中をどつく。
その程度の衝撃は痛くも何ともないが、心ここにあらずの状態でいたため驚いたアルデバランは思わず足をふらつかせた。声を聞いて予想はついていたが、慌てて振り向き今しがた衝撃を与えてくれた人物を確認し、軽く頬を引きつらせた。
にやにやといやらしい笑顔を隠そうともせずこちらを見ているのは、だった。

「見たぞ〜、この、隅に置けないじゃないの!」

「あ、悪趣味だぞ、覗き見とは・・・!」

このこの!と笑いながらはアルデバランの横腹を肘でつつく。くすぐったい。
まずい。
なんだか非常にまずい。
悪いことなど何もしていないはずなのに、何故だかアルデバランはうろたえた。例えるなら、隠していたものを掃除の際母親に発見されて気まずい思いをしている中学生のような、そんな気分だった。
そしては、覗き見という言葉を受けて拗ねた子供のように頬を膨らませた。

「失礼ね。アルを探しに来たら偶然見ちゃっただけだもん!」

まぁ見なかった振りして戻らなかったのは偶然じゃないけどね、とぼそりと続けたを、アルデバランはジトッと見た。それを人は覗き見と云うのである。
そんなアルデバランの視線をあっさりと流したは、しっかりと握られている花輪を見てしみじみと云った。

「にしても、随分可愛らしい花輪だね」

「そうだな」

色取り取り、様々な種類の花を組み合わせ編み込まれたその花輪は、決して簡単な出来ではなかった。売り物になるような綺麗なものではなかったが、個人が作ったのだとすればかなり良い出来であるといえるだろう。
しかもそれは、あの少女が、アルデバランの為に、作ったもの。
何故花輪なのかはよくわからないが、それは彼女には彼女の想いがあるのだろうからこちらが考えることではない。
改めて頷きながら、は続けた。

「あの子も可愛かったね」

「・・・そうだな」

頷く。
若干の間が気になったが、今は突っ込まないとして。
ちらり、と横目でアルデバランを見る。花輪をじっと見つめたまま、また動かなくなってしまった。
その様子を見て、はふむふむと勝手に納得したように頷き、軽く首を傾げたのである。

「いつから?」

「・・・・・・・・・」

沈黙。
長いような、短いような、沈黙を挟んで。

「・・・はッ!?」

ぎょっとしたように勢いよくを見たアルデバランの顔は、面白いほど真っ赤だった。
トマトか。
喉まで出かかった突っ込みは、しかし飲み下すことに成功した。

「え、付き合ってるんじゃないの?」

「そんなはずがないだろう!!」

そこまで否定しなくても。
思ったが、なんだかそんなことを云える雰囲気ではなかったので黙っておいた。空気を読むのは大事なのだ。
とりあえず、頭を抱えてしまったアルデバラン――花輪を持ったままだと真剣に悩んでいてもファンシーになってしまうのは仕方がない――を気の毒そうに眺めてみたが、しばらくするとのろのろと頭を上げ、酷く情けない顔をに見せた。
黄金聖闘士ともあろうものが、ほとほと困ったように眉を下げきっているのである。何をそこまで、と思っていると、牡牛座の男はため息を吐き出すように云った。

「あのな、俺は聖闘士なんだぞ?」

「うん」

知ってる。
頷く。
ならば、とアルデバランは続けた。

「俺は女神に仕える身だ。その俺が、恋人など・・・」

作れるはずがなかろう、と続けようとしたが、禍々しい視線を感じて思わず口を噤んでしまった。
当然のことながら、今この場には2人しかいないわけで、そのうちの1人は自分自身なわけで、そうなると視線の主はということになる。
しかし残念なことに、睨まれるようなことを云った覚えはない。思わず一歩引き下がってしまった。

「な・・・なんだ・・・・・・?」

「なんだじゃない!」

その一歩の距離をズイと縮め、は思い切り眉を吊り上げた。
突然の激昂に、さしものアルデバランも驚きを隠せない。が唐突で気まぐれで突拍子もないのは今に始まったことではないが、今回はあまりにも突然すぎて、前触れも前振りもなさすぎた。
目を白黒させて固まっているアルデバランを呆れたように見、は大きくため息をついた。

「あのねぇアルデバラン、あんたたち聖闘士はたまたま女神…つまり女の神様に仕えてるけど、男の神様に仕えてる海闘士とか冥闘士とか考えてみてよ?あいつらが『俺の生涯は主のもの!』とか云って恋人の1人も作らなかったら、ちょっと引くと思わない?」

「そ、それは確かに・・・」

想像してみてげんなりしてしまった。
常識的な世間的な視線から云って、海闘士も冥闘士にしても、結構な美形揃いだと思う。普通に生活していれば女性には困らないであろうことも容易に想像できる。
そんな彼らが、『男の』主にすべてを捧げる―――・・・。
悪いことだとは思わない。思わないのだがしかし。

「だから、そういうものなんだよ」

「?」

よくない方向に動き始めてしまった思考を中断させる声に、アルデバランはを見た。先ほどの云わんとしたことは、今アルデバランの頭を支配しはぐったことで間違いないだろう。
けれど、苦笑いのあとの微笑みは。

「主を愛して敬うのと、大切なたった1人を愛するのとは、意味が違うんだよ」

息を飲んだ。
の云っている意味を理解できなくて、言葉が出てこない。
そんなアルデバランを置いてきぼりにして、は続けた。

「女神を愛し、女神に忠誠を誓い、女神の為に闘う。結構!でもね」

ピッと指を立て、一つひとつ確認するように振っていく。
アルデバランは、黙っての言葉の続きを待った。

「そんなものは、恋人を作ってはいけない理由にはならないよ」

「―――・・・」

今まで、考えたこともないことだった。
すべてを女神中心に考えてきた人生だったから、無理もないだろう。アイオリアが少し特殊なだけだ。彼の場合はすぐ傍にああいう存在がいたし、幼い頃から他の黄金聖闘士とは違った扱いを受けなければならなかったので、納得出来るといえば出来る。
けれど、自分たちは。
我武者羅に、ひたすらに、女神の為に。
余計なことなど考えず、一心不乱に強くあることだけを目標としてきた自分たちは。
錯覚してしまっていたのだろう、とは云うのだ。
忠誠心と、恋心を。
紙一重のものだと云ってしまえばそうなのかもしれない。すべての行動を女神の為にと結びつけて考えることは、ある意味一途な恋心に似ている。
似ているけれど、決定的に、違うのに。
気付けなかったのは、指摘されることがなかったから。

「―――なんかさ、聖域の人って、そこんとこ勘違いしてるよね」

小さくため息をつき、は花輪に手を伸ばす。
生花で作られたそれは、やがて枯れてしまうだろう。けれど、少なくとも今この瞬間は、宝石よりもずっとずっと美しく、そしてアルデバランにとって何にも代えがたい価値あるものであることは確かだった。
は慈しむようにその花を撫でる。

「寂しいじゃない、そんなの」

ゆっくりと眼を細めて、呟いた。
溌剌としたイメージの強い彼女にしては、儚くて、あまりにもか細い声で。

「折角の人生なのに、主に縛り付けられて、人を好きにもなれないだなんて、そんなの、寂しいよ」

彼らが闘いの人であることはも重々承知している。
しかし、わかっているからこそ。
本当にそれだけの為に生き、己の為に生きることを忘れてしまっていることが、たまらなく切ないと思うのだ。

「・・・今までは混乱や戦いばかりだったからな、こんなに平和な時代など想像もつかなかった」

思えば、それは異常なことなのだろう。
平和を知らない自分。
けれど、自分たちとは関係ない世界は平和そのものだ。
戦争、抗争、内紛、対立。
それらは決してなくならないものだけれど、世界的に見ればすべては平和なのだろう。
だというのに。
聖域は、海底は、地底は。
平和、平穏、そんな言葉をどこかに忘れてきてしまったかのようの生活ばかりで。

「だから今になって考えてしまうこともあるんだろう」

三界がひとまずの和平を結んだことによって浮き彫りになった問題。
平和になって問題が発覚すると云うのは、何とも皮肉な気もするが仕方のないことだ。否、こんなことは本来問題ですらないのかもしれない。
問題にしているのは、自分たちの錯覚のせいだ。

「俺たちは、女神の為に命を懸けて戦った。女神の勝利の為に生き、女神の愛するものの為に拳を振るった」

「・・・・・・・・・」

「特に俺たち黄金聖闘士は、みんな幼いときからそういう教育を受けてきたからな」

その言葉に、は首を傾げた。

「どういう?」

「『女神を愛せよ。女神だけを愛せよ。己が主を愛し、総てを懸けよ』」

「わお」

呆気にとられたように口を半開きにして固まったの反応を見て、アルデバランは苦笑した。予想はしていたが、あまりに予想通りの反応を返してくれる。

「今考えると、過激な教育だと思うけどな。昔は、それしか知らなかったから」

そう、知らなかった。
知ろうともしなかったし、知る必要がないと思っていた。
女神の為に。
この命、持てるものすべてを。
そうやって生きてきたから。

「・・・そっか・・・・・・」

花輪を見つめながら云うアルデバランを見、それから視線を空に移した。5月、今日のギリシャの空は、雲ひとつなく一面に蒼が広がっている。綺麗な空だった。
暫く黙ってそうして空を見上げていたが、やがて大きく息を吸い込んで、吐き出す。ため込んでいた言葉すべて、吐き出すようなため息だった。

「まぁ、色恋な話題なんて、出もしなかったんだろうね」

その点オルフェはちゃっかりしてるよねぇ、とは笑う。確かに、聖戦の最中、彼だけは全聖闘士中唯一恋人を作っていたという強者である。そのお陰で冥界に捕らわれてしまったわけだが、そこは別の話として。
そして何故か握り拳を作ったは、それを勢いよく空に突き上げて叫んだ。

「恋愛万歳!恋人万歳!愛は世界を救うのだ!」

一瞬呆気にとられ、言葉を失ってしまったアルデバランである。
が、ハッとして、考える。
愛は世界を救う。
言葉にしてみれば、なんと陳腐な文句だろう。
けれど。
けれど、女神は、愛の為に闘ったのではなかっただろうか。
愛する地上、愛する人々の為に、あの強く美しく清い女神は闘ったのではなかったか。
自分たちの主は、愛の為に。

「・・・そうだな」

あまりにも当たり前すぎて、気付けなかった。
あまりにも近すぎて、見えなかった。

「そうだよ!」

はいつでも、何でもないことのように大切なことを教えてくれる存在だった。
いいのだと、許してくれる、優しい人。
彼女のこういうところに救われているのは、きっと自分だけではない。
本来ならば女神やポセイドン、ハーデス以上に敬わなくてはならないはずなのに、面倒だから嫌だと云って聖域で普通の生活を送っている彼女はきっと知らない。
何気ない言葉ひとつ、何気ない行動ひとつに、沢山の人が救われていることを、という存在が、沢山の人の光になっていることを。知らないのだ。
そしてそれを告げたところで、彼女は笑い飛ばすのだろう。自分はそんな大層なものじゃないと云って、笑うのだ。はそういう性格だ。決して短くない付き合いの中、アルデバランはそんなの性格をよく知っていた。
だから、ただ笑うことで、彼女の言葉すべてを受け止めることにした。云われてしまえばいちいちもっともで、否定すべき点などないのだから。
話の一区切りがついたところで、そう云えばとアルデバランはとの会話の冒頭を思い出す。

「ところで、さっき俺を探しにきたとか云っていなかったか?」

「あ、そうそう探してた」

忘れていたらしい。
あんな話題を挟んだので仕方ないといえば仕方ないが、らしい。
視線をアルデバランに戻し、身体も向き合ったは、にっこりと笑い、云った。

「アルデバラン、誕生日おめでとう」

わざわざそれを告げに来たと云うのだろうか。
軽い驚きに何度か瞬きを繰り返したあと。

「―――ありがとう」

笑った。
夜はみんなでパーティーだから腕を揮うと意気込むと宮に戻る道を歩きながら、アルデバランはあの少女の誕生日には何を贈ろう、と考えた。










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とゆうわけでアル、お誕生日おめでとう!

いろいろ切ないところもあるけど、懐の大きさには惚れる!!こういうお父さん欲しい!!←
えー今時間ないのでここの部分だけあとで書き足しに来ます。仕事いってくる←

というわけで以下追記です笑

必殺技が非常に地味だったりディーテ以上に活躍の場が与えられなかったりと切なさ満点、考えるだけで涙が出てくるけど、そんなアルが大好きです・・・!
そのうちちゃんとマイス買うからね!ていうか再販したら買いますよ!値段下がるだろうし←

とても二十歳とは思えないけど、おおらかな笑顔で是非とも聖域を支えてほしいです。おとうさーん!アルみたいなお父さんだったらファザコンになるよ!恋人はお断りですが←お父さんなら大歓迎!

アルデバラン、お誕生日おめでとう!
大好き!!


20100508