時刻は午後11時59分。
場所は巨蟹宮、寝室。
手にはクラッカー。
忍び足でベッドに近付き、カウントダウン、10秒前。
ついつい引いてしまいたくなる手を抑え、9、8、7、6。
はやる気持ちを抑え、5、4、3。
準備万端、2秒前。
そしていよいよクラッカーの紐を引こうと力を込めて――ガシッと手を捕まれた。

「よう、夜這いか?」












いつの間にか私の背中は柔らかいベッドに押し付けられ、眠そうな顔を、しかしニヤリと歪ませたデスマスクを通り越すとそこにあるのは天井で。
つまり、押し倒された。

「起きてたの?」

「起きたんだよ」

誰か来ても寝てられるほど図太くないんでね、と云われて納得する。確かに、侵入者に気付かず爆睡する黄金などいるはずがない。一応気配は消したつもりだったけど、どうやら甘かったようだ。

「せめてクラッカー鳴らすまで寝たふりしてほしかったわー」

「お前、耳元で鳴らすつもりだっただろ」

「当然」

「馬鹿ヤロウ」

女子だからヤロウじゃない、と反論したが、スルーされた。なんでだろう。
ところで現在私は押し倒された格好のままで、デスマスクは寝るとき大抵上半身裸だから、端から見ると結構アレなシーンになってるんじゃないだろうか。
そして、気のせいでなければ、デスマスクの手が私の襟元にかかっているような感じなのだけれど。

「何してんの」

「据え膳喰わねばなんとやら」

「馬鹿ヤロウ」

自由になった腕をすかさず動かし、クラッカーの紐を引っ張る。
パンッ、と派手な音とカラフルな色紙、そしてツンとした火薬独特の臭いが部屋に広がる。もちろん先ほどデスマスク自身が云ったように耳元で鳴らしてやったので、デスマスクの被害はでかい。
天下の黄金聖闘士ともあろう男が、クラッカーの音にやられて耳を抑えて固まっている様子は、なんだかこっちがいたたまれない。
馬鹿め。油断大敵だ。

「おッ前、なぁ・・・!」

「耳は人並み?」

「他は化け物みてェに云うな」

文句を垂れるデスマスクの腹を足で押しやり、漸く身体を自由にする。
全く、本気で襲うつもりもないくせに馬鹿なことをするから鼓膜が甚大な被害を受けることになるんだ。大人しく最初から黙って喰らえばよかったものを。いや、どの道同じことをするつもりだったのだから、結果は同じか。
などと詮のないことを考えながら、あーだのうーだのブツブツ呟いて耳の調子を確かめるデスマスクに、今日この時間にわざわざクラッカーを持って参上した目的を告げる。

「誕生日おめでとう」

「・・・あん?」

意味がわからない、というように片眉を吊り上げたデスマスクだったが、ややあって漸く理解したらしい。自分の誕生日を忘れるなんて、シュラといいバレンタインといい、闘いに身を投じる男というのは。
片方だけ唇を持ち上げ、いつも通りニヒルに笑うと、デスマスクは私の額に軽くキスを落としてサンキュ、と云った。

「で、何をくれんだ?」

「無償の愛なんてどう?」

「襲っていいってこったな」

「そんな気ないくせにー」

「ふざけろ」

呆れたように舌を出すデスマスクに、ハイハイと手を振ると、流石の彼もやや眉を吊り上げた。
しかし私は素知らぬ顔をしてベッドに散らかったクラッカーの残骸をつまみ上げ、デスマスクの銀糸に絡ませる。
アルビノを思わせるその色は、しかしアルビノのそれよりずっと鮮やかで華やかだ。光の強さによって様々な色を見せる髪は、カラフルな色紙が加わると賑やかというより喧しい。デスマスクの髪は、やはり単に銀で十分だと思う。
限りなく紅に近い茶の瞳は、どんな宝石よりも美しく、ルビーなんて目じゃない。
だというのに、勿体無いことに、その美しい瞳が今は半分になって私を睨んでいる。本気ではないことはわかっているので、別に怖くはないけれど。

「見るな。減る」

「減量出来てよかったじゃねェか」

「その喧嘩、買った」

「床勝負だぞ」

「へ」

いつそんな話に、と反論する前に、再び背中がベッドに押し付けられる。デジャヴ。というよりさっきと全く同じだ。
しかし違うのは、今度はがっしりと手を捕まえられているということ。
ギシリ、とベッドのスプリングが軋む。
余裕の笑みを浮かべるデスマスクが小憎たらしいことこの上ない。

「・・・でっちゃーん」

「はーい」

「返事はいいな。じゃ、退いて」

「嫌だ」

「退かないと・・・」

不味いことになるよ。
と、忠告しようと思ったのだが。
残念なことに、すでに遅かったらしい。

―――バンッ

勢い良く開いた寝室の扉から、禍々しい小宇宙が流れ込む。
弱小なものならばそれだけで殺せてしまいそうなほどどす黒く、刺々しい。
それは勿論、扉を開けた人物が放つものだ。
私は溜め息と共に、一つ呟きを零した。だから云ったのに。いや、云ってないが。

「あーあ、遅かったか」

「・・・サン・・・」

「なぁに、デスマスクさん」

「・・・デスマスク」

一歩、部屋に足を踏み入れた瞬間、3℃部屋の気温が下がった気がした。
呼ばれたデスマスクは、面白いほど肩をビクつかせ、油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく首だけをサガに向けた。
底冷えというのはこういうものだろうか、と冷静に考える。
見れば、地を這うような声とは裏腹に彼は笑顔を浮かべていた。
但し、勿論般若の笑顔である。
何が云いたいかと云うと、所詮般若は笑っても――否、笑ってこそ尚恐ろしい、ということだ。

「何を、している」

疑問系にならない言葉尻に、デスマスクが怯える。
だから云ったのに。いや、云おうとしたのに。
なまじ、本気ではないふざけ半分だっただけに油断したのだろう。

「さっさと退かぬか」

「お、おう」



「はぁい」

瞬速でデスマスクは私の上から飛び退き、必要以上に距離を取って両手を上げる。降参にも見えるが、これは満員電車で男性がよくやる『私は痴漢じゃありません』アピールに似ている。早い話、弁解だ。が、すでに現場を目撃されているので現行犯だ。どんな言い訳も無駄で、手遅れである。
ゆったりとした足取りでベッドに近付き、彼――サガは私の手を取り起き上がらせた。その手きは穏やかで優しく、とてもこのどす黒い小宇宙を放っている男には思えない。
思えないが、事実は現実。
起き上がった私をしっかりと隣に抱き寄せながら、サガはデスマスクに向き直る。

「覚悟は出来ているな」

またしても、疑問系にはならない言葉尻。断定されたそれは、デスマスクに否定を許さない。
アーメン。
私はこんな立場でもキリスト教徒になったわけではないが、胸の前で十字を切って祈りの真似事をした。視界の先でデスマスクが蒼白になっているのが見えたが、もはや助けようがない。残念だ。

「誕生日プレゼントは捜索願いか・・・斬新ね」

「云ってる場合かよ!?」

「頑張れっ」

「おま・・・!」

「―――アナザー・・・」

ガッツポーズを作ってエールを送る。大丈夫、黄金聖闘士なら異次元に飛ばされても帰ってこられる。青銅の子たちだって生還してるんだから、きっとデスマスクだって帰れる。だろう。と、思う。
声とともに、サガの空いた手に膨大な小宇宙が集束する。光の針のように細く細かな煌めきを持ったそれは、しかしすぐにサガの掌に収まって握られた。
消えたわけではない。
圧縮されたのだ。
ただでさえ生半可ではない小宇宙が、握り締められる。
息を大きく吸い込み、そして。

「―――ディメンション!!」

小宇宙を握った腕をデスマスクに向けて突き出すと、光が爆発するように弾け、あまりの眩しさに思わず腕で目を庇った。僅かに身体をずらしたサガのお陰でほとんど衝撃はなかったものの、勢いが完全死んだわけではない。
思わず多々良を踏むと、サガの腕が肩に回る。未だにデスマスクのほうに腕を出したままのサガではあったが、顔はこちらを向いていた。

「大丈夫か?」

「うん、そんなに衝撃は・・・」

「違う」

否定。
首を傾げると、サガは普段から癖のように固定されている眉間に、更に一本シワを固定した。

「あいつに何もされていないか」

どうやら本気で心配だったらしい。厳しい表情をしているが、目が違う。動揺を隠し切れていないアイスブルーの瞳が僅かに揺らいでいる。
一瞬呆気にとられたものの、首を横に振って否定する。

「デスは馬鹿じゃないよ」

「だがは可愛い。万が一ということも」

「ないってば」

この男、真顔で云うから恥ずかしい。外国人だからとかギリシャ人だからとかいう問題じゃない。手放しで褒められることの恥ずかしさを是非とも知ってほしいものだ。
僅かに体温が上昇したことを自覚しちつ、しかし気付かれないようそっぽを向く。
アナザーディメンションはデスマスクだけを綺麗に異次元送りにしたようで、持ち主不在となった部屋は物悲しくがらんとしていた。ベッドに散らばった色紙だけがやけに目立つ。

「・・・蟹・・・」

「うん?」

偶然目に付いた色紙の色。
それが、なんだか。
唐突に、茹でた蟹を連想させて。

「かに道楽、行こうか」

そうだ、無事デスマスクが生還したら、サガが一緒に来てたことを黙ってたお詫びと、一応の誕生祝いとして、かに道楽に連れて行こう。
頭にハテナを浮かべたサガの背中を押し、どうすれば大阪で目立たずにいられるかをぼんやり考えた。

一応あとで、シオンにデスマスクの捜索願いを出しておこう。










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デスマスク、誕生日おめでとうございました・・・ッ(目を反らしつつ)

頼れるお兄ちゃん!大好きです!!!
最初の登場は超かっこよかったのに、次第におかしなキャラになっていってしまったことは残念でしたが大変面白かったです。うぴゃあ!www←
悪を自覚しつつも、それが最後には正当化されることを信じ、教皇を信じてすべての行いをしてきたデスマスクは本当に強くて格好いいと思います。根底から信じてなきゃ出来ないことですよね。そういうの、すごく好き。

デスに関しては語りたいことがいっぱいあり過ぎて困る。ここじゃ治まらないのであとで多分考察ページに追加しますwww

というわけでデスマスク、本当におめでとう!生まれてきてくれてありがとう!!
愛してる!!!


20100627