彼の背中はいつも寂しそうに見えた。 |
blackout
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沢山の人に囲まれ、慕われ、統治する存在。 神のようだと崇められるその人が、本当は酷く臆病者だと知っている人は、一体どれほどいるのだろう。 少なくとも、私は知っている。 彼がどうしようもなく臆病者で、寂しがり屋で、とても泣き虫なのだと知っている。 ふとしたきっかけで晒した、お互いの弱さ。 私たちは、似た者同士だったのだ。 哀しいほどに、そっくりすぎた。 だからこれはもしかしたら同情や傷の舐め合いにすぎないのかもしれない。 けれど、それでもいい。構わない。 そうすることで私たちが立っていられるならば、同情でも傷の舐め合いでも、何でも構わないのだ。 私たちは、世界に背を向けて生きている。 望んだわけではない。 そうすることでしか、生きられないだけなのだ。 世界はいつだって正しく動いているけれど、私たちだけを置いていく。 走っても走っても、どんなに手を伸ばしても追いつけないから、いつしか私たちは追いかけることを止めてしまった。 止めて、背を向けた。 知らないふりをすることに、した。 楽だと思ったから。 正しいことに気付かなければ、心が痛まないと思ったから。 けれど、それは間違いだった。 けれど、間違いに気付いたときにはもう手遅れだった。 振り返っても世界の背中すら見えなくて、真っ暗闇の中に取り残された私たちは、結局立ち尽くすしかなかった。 闇が、続く。 手を取り合った私たちは、何も出来ないまま、まるで幕の開けたオペラ座に取り残された哀れな道化だった。 だから。 壊れたのだろう。 親友と実の弟を失った彼と、母と大切な人を失った私。 歯車が狂い始めていたのはいつだったのか、最早私たちにはわからない。 わからないほどに、狂ってしまった。 戻れない、世界。 ただ少し違ったのは、私は戻れない世界を羨望し、彼は戻れない世界に絶望したこと。 私は、私を置いていった世界を遂に憎むことが出来なかった。 彼は、彼を置いていった世界への憧憬が歪んでしまった。 だから、私たちは似ているのに全く違う。 だからこそ、私たちはお互いを補うことが出来る。 皮肉なものだ。 失うことを恐れて臆病になった私は、失ったことを恐れて臆病になった彼の傍にいる。 似た者同士の、救われない救済劇。 私たちが救われる日などきっとこないけれど、きっと救われると信じて、けれど救われることを諦めながら、今日も生きる。 昨日も今日も、明日も明後日も。 これから先、ずっと。 -------------------- 20100530 |