一陣の風が吹き抜けた。 ここは閉め切られた室内、教皇の間である。 本来ならばそんなことはあり得ないのだが、実際あり得てしまっているのだから仕方がない。 集う彼らは、みな一様に金色の鎧を纏っている。 形に若干の違いはあれど、雰囲気と云うべきか、受ける印象には似たところがあった。 彼らは皆、黄金聖闘士と呼ばれる、聖域のトップに君臨する者たち。黄道十二星座に準え、ここギリシャ・聖域を守護する最高の戦士だった。 下は白羊宮から上の双魚宮までの黄道十二宮をそれぞれ自宮とし、続く教皇宮、女神神殿への外敵の侵入を許さない絶対の守護者である。 遥か昔、神話の時代より地上を守護してきた戦女神アテナの傍らで闘い続けてきた、聖闘士と呼ばれる戦士たちだった。 彼らは厳しい修行を経、星座にその力を認められると聖衣という鎧を与えられる。 聖衣には星座の加護があり、空に輝く数と同じだけ聖闘士は存在するのだ。 聖闘士の中でもランクがある。 青銅、白銀、そして黄金。すなわち、52の青銅聖闘士、24の白銀聖闘士、12の黄金聖闘士である。 当然、数が少ない聖闘士ほど強く、余程の才能がなければ相成ることなど叶わない。生半可な気持ちで望めば、その命は紙を破るより容易く散ることだろう。 しかして、ここにいる者はみなが幼い頃にすでに金色を纏うことを許された、天才中の天才ばかりだった。 青銅聖闘士は主に聖域に滞在して雑務や見回り、そして聖域外での任務を主とする白銀聖闘士の後方支援などが役割であり、青銅も白銀も云ってしまえば比較的珍しくもない存在だ。 しかし、黄金は違う。 彼らは教皇からの勅命で全世界を飛び回っており、滅多なことではお目にかかれない。場合によっては、黄金聖闘士であると知られていないことすらある。 そんな彼らが金色の聖衣を身に纏い一堂に介するときは、決まっている。 聖戦が起こるときだ。 そして今、彼らは集っている。 どうやら全員ではないようだが、それでもこれだけの人数が一堂に会するのは余程の自体には違いなかった。 そう、これから先、近い未来に聖戦の気配を感じた教皇により、彼らはこの聖域に舞い戻って来ていたのだ。 各地からこの聖域に戻ってきた黄金聖闘士は、白銀の修行やその他の任務をこなしながら自宮に留まり、月に一度、こうして定例会議を開いているのだ。 いくら教皇が星見によって聖戦の近さを感じたとしても、いつ起こるのかまではわからない。 つまり、いつ何が起きても即座に行動できるように、この護るべき聖域で待つしか彼らにはないのだった。 もどかしい。 それが彼らの本音だった。 何も何かが起こるまで待たずとも、こちらから先にしかけて倒してしまえばよいではないか、と思う者もいた。 しかしそれを許さないのが教皇だ。 やみくもに動いては敵にこちらの行動を察知されて不利になる可能性もあり、そもそも敵が何者なのかもわかっていない状態で動くのは自殺行為になるというのである。 確かにその通りなのだが、待つしか出来ないと云うのは酷く手持無沙汰になってしまうのだ。 そして、特に大きな異変もないまま何度目かの定例会議が開かれて。 いつものように何もないまま、会議は閉幕しようと、していた。 |
vanitas
すべてのはじまり2 |
風が吹き抜ける。 本来ならばどうともしないような、ただの穏やかな風が。 けれどこの時、彼らは誰もが知らずに腕で顔を庇っていた。 強風でもなく、障害になるようなものが飛び交うでもないにも関わらず。 しかし、光が。 目蓋を焼き付くすのかと錯覚するほど目映い、痛烈でありながらしかしどこか暖かな閃光が走ったのだ。 そして数秒後、漸く収まった風と閃光から顔を上げると。 「……へ…?」 教皇の間、扉の目の前、豪奢な絨毯の真ん中。 「………はぁ…?」 ―――少女が、いた。 海兵のような珍妙な服装をしていて、先ほどの彼ら同様腕で顔を庇うような格好で、固まっている。足元には自分のものであろう荷物が、無造作に置きっぱなしになっていた。 腰まで伸びた黒い髪は流しっぱなしにされているが、遠目に見ても艶のある見事なものだ。きっとすいたらもっと綺麗に輝くのだろう。何より、大理石のように白い肌とのコントラストが美しい。 すっとした小振りな輪郭の中にはバランスよくパーツがちりばめられており、特に、2つ並んだ漆黒の瞳がぱっちりと大きくて印象的だった。 しかし残念なことに、美少女と云って間違いないであろう彼女の今の表情は、あまりにも間抜け面すぎた。 あんぐりと口を開けて、眼がこぼれ落ちるのではないかと思うほど大きく開けて。 「……………」 「……………………」 誰も、何も云えなかった。 黄金聖闘士ともあろう彼らが、あまりに突然すぎたこの事態に思考がついていかなかったのだ。 ここは聖域、教皇の間。神話の時代から続く女神の小宇宙によりテレポーテーションの類いのサイコキネシスは無効化され、聖闘士であれ例え教皇であれ、己の脚をもってしか移動不可能な神聖な場所。 そこに突如現れた、目を見張るほどの美少女。 刹那とも永遠とも思えるような沈黙を破ったのは、意外にも、少女だった。 「―――う……」 そう。 「うわあぁぁあぁぁぁああぁッッ!!!!!!????」 悲鳴という名の、絶叫で。 -------------------- なんか出た。笑 20100314 |