差し出されたのは、ちょっとホッペの膨らみと舌の出方が尋常じゃない女の子がマスコットである某洋菓子店の箱だった。
よりにもよって。






ぜんぶすべて、君のため





「……さん?」

「なぁに」

返ってきたのは笑顔である。ただし、よく見るとその目は全く笑ってなどいない。
可憐な笑顔が逆に恐ろしくて、三上は顔をわずかにひきつらせた。

「亮くんが好きなプリンよ。嬉しくないの?」

可愛らしく小首を傾げているが、これが普段のだったらまだしも――それにしてもあり得ないとは思うが――、三上は騙されなかった。
は怒っている。確実に。
しかし残念ながら原因がわからない。
初詣は遅くなったものの一緒に行ったし――おみくじを引いたら、が大吉、三上が凶だった――、学校が始まってから今日まで、彼女を長時間待たせたり約束をすっぽかしてたりはしていないはずだ。
だが、あの表面だけの笑顔は。
あれは彼女が相当怒っている証拠なのだ。
とりあえず差し出された箱を受け取り中を見れば、の云うようにプリンが入っていたが、オプションでいちごのショートケーキまで入っていた。完全に嫌がらせである。

「なぁ、……」

「何」

鼻孔を擽ってくれた甘い香りに辟易しつつ、努めて笑顔を浮かべてを見れば、やはりは綺麗な笑顔のままだった。
思わず、何でもありません、と答えそうになる自分を抑えながら、三上は云う。

「お前、何怒ってんだ?」

どうやら地雷だったらしい。
般若の如く眉を吊り上げたを正面から見てしまったた三上は、問いかけたことも浅はかな自分も呪いたくなった。

「自分の胸に訊いてみたらどう!」

氷点下の視線で三上を睨みつけたは、なんと三上に背を向けて勉強など始めてしまった。勉強するのは学年末試験も近いことだし全く悪くないのだが、何も彼氏が来ていて、且つ彼氏の誕生日だというのに。
やや呆然と、肩を怒らせているの背中を眺めながら、云われた通り考える。三上は好いている相手には意外と素直だ。
初詣のときはいつも通りだった。それが、10日前。つまり、この10日の間に自分は何かをしでかしたらしい。いや、むしろ昨日会ったときも普通だったのだ。ということは、昨日に何かをしたに違いない。
しかしいくら考えても心当たりが見つからなかった。
そもそも、がこんなにも怒るのは珍しいのだ。というか、今のは怒っているというよりも、どこか拗ねているような感じがする。

「………?」

ますます首を捻った三上だった。わからない。
しかし、ふと思い出した。確か、しばらく前にもこんなことがあったような気がしたのだ。
そう、あれは。

「……ぶり大根…?」

そうだ、と今度は確信した。
去年の秋頃、三上の親友で同室で同クラスの渋沢が、いきなりぶり大根が食べたいと云い出し、寮の調理室を借りて大量のぶり大根を作ったことがあった。
渋沢はもとから料理が上手いのは周知であったし、和食が得意であることも有名――だから余計に爺臭いと云われるのだ――だった。
しかし、このときはテンションがおかしかったのか、大量に作りすぎたのだ。勿論寮生でありがたく食したわけだが、それでも余った。
そこで三上が、会う口実にもなるという下心はおくびにも出さずのところにも持っていこうと云い、何故か料理に関してはに並々ならぬ対抗意識を燃やしている渋沢と肩を並べて家へ向かった。
しかしなんと偶然なことに、その日の家の食事もぶり大根だったのだ。しかも、母ではなく作の、である。
同じ日に同じものを作ったこの二人は、不思議なことにやたらと料理にプライドを掛けている。
普段ならば『こいつら実は気が合うんじゃないか』とぼんやり思うだけなのだが、このときばかりはそうは問屋が卸さなかった。
よりによって、二人の得意料理はぶり大根なのだ。
いつの間にそういう話になったのかは三上はさっぱり覚えていないが、家に上がり込んだ三上は、ぶり大根審査員にさせられていた。
そうだ。
そうなのだ。
胸に手を当てて記憶を掘り返していた三上は、ヒヤリと冷たい汗が頬を伝うのを感じた。
俺は馬鹿だ。
今更気付いても遅いのだが、あのときの自分と昨日の自分を死ぬほど殴りたくなった。馬鹿アホ間抜け。
そう、どちらのぶり大根が旨いかと、ものすごい剣幕で問われた三上は、正直で、そして女心を微塵もわかっていなかった。
基本的にの料理は何でも好きだし、バリエーションで云えば渋沢よりも多い。
しかし、何故かこのときのぶり大根だけは、渋沢のほうが好みだったのだ。
ぶりと大根の柔らかさといい、味付けといい、出汁の染み込み方といい、三上のツボだった。
勿論のぶり大根も素晴らしい出来ではあったのだ。が、どちらか優劣を付けろと云われれば、三上はわずかに渋沢に傾いただけだった。
仮にも彼女の料理よりも、親友の料理が旨いと口にした三上は、その瞬間から約一週間、から酷く冷たい視線を受け続ける羽目になった。
それでなくとも、女子というのは料理に対して神経質だというのを、三上はわかっていなかったのである。
今思い出しても背筋が凍る。
渋沢のがうまい、と何気なく、本当に何気なく告げた瞬間の、あの二人の顔。
そして、つい昨日は今度はぶり大根ではなくプリンで同じことをしたのではなかったか。
何故か笑顔で手にプリンを携えたと渋沢が、屋上で参考書を開いていた三上のもとにやってきたのは昼休みのことだった。
普段顔を合わせれば火花を散らす二人が並んで歩くこと自体珍しいのに、いっそ恐ろしいくらいのにこやかさで近付いてきたわけだから、三上の危険察知センサーは盛大に警報音を鳴らしていた。
しかし逃げ出す方向に動けなかったのは、逃げたら逃げたであとが恐ろしいことになるのがわかっているからだった。たまに、どうして自分の周りにはこんなやつらばかりなのだろうと泣きたくなるのは内緒だ。
そしてズイ、と差し出された2つのプリン。
どちらが旨いか、問われて。
若干泣きそうになりながら、味見をして。
ほのかに口に広がる甘さと、バニラビーンズの香り。
僅差だったとは思う。
が、なめらかさに少々の違いがあった。
に渡されたもののほうが、きめ細やかななめらかさがあったのだ。
そして。
喜びもせず、渋沢に勝ち誇った笑みを見せることなく真顔になったは、無言のまま屋上を去り、冷たい風の吹き抜けるそこには、勝ち誇った笑顔を惜しみなく輝かせるサッカー部守護神と、意味がわからずぽかんと間抜け面を晒している司令塔が残された。

「…何、あれ?」

「三上、俺はお前が本当に好きだ」

「キモい告白すんじゃねぇ!!」

思わず参考書をブン投げてしまった三上に罪はない。ただ、その参考書は見事に渋沢が受け止めていたのだけれど。やり返されて顔面にあたったのは三上の名誉のために黙っておこう。
痛む鼻をさすり渋沢を睨みつけると、彼は輝かんばかりの笑顔を向けてきた。はっきり云って嬉しくない。

「まぁ何、明日わかるさ」

「明日?」

「ああ、明日」

「今教えろよ」

「今じゃつまらんだろう」

と意味深な発言をし、渋沢はさっさと三上に背を向けてしまった。つまるつまらないの話ではない。
最後にぽつんと取り残された三上は、そのとき知る由もなかったのだ。
実は、が持っていたプリンが渋沢作、渋沢が持っていたのが作だったということを。
考えてみればあの直後からを見かけなかったのだ。いつもならば図書室にいるはずの彼女は、三上が顔を出した時、後輩に仕事を託して帰ってしまっていた。
何か用事があるんだろうくらいにしか考えていなかった三上は、自分が犯した罪に気付いていなかった。
考えれば考えるほど、理由はそれくらいしか浮かばない。
が持っていたプリンががうまい、と答え、立ち去ったと、笑顔で残った渋沢。
何故そんなことをしたのか非常に不思議で仕方ないのだが、それを問うたところでもはや意味はないのだろう。呪うのは己の行動だ。二人の妙なところで一致する悪戯心だ。

「あー…」

が、悩んでいても仕方がない。
何と云っても三上は今日、誕生日なのだ。
誕生日にまでケンカなどしたくない。
どうしたものかと思うが、おそらく謝ったところで火に油だろう。
とりあえず何か云わなければ始まらない、と思い口を開こうとしたが、それは先に口を開いたの言葉によって遮られた。

「どうせ私は渋沢くんより料理が下手よ」

なぜそうなる。
言葉を失った三上を置いてきぼりにしたまま、は続けた。

「ぶり大根もそう、プリンもそう。私が亮くんにおいしいって食べてもらいたくて作るものに限って、いっつも渋沢くんに負けるのよ。もういいわ、亮くんなんて渋沢くんと付き合ったらいいのよ」

なぜそうなる。
恐ろしい発言に反論も唱えられないほど三上は衝撃を受けた。例え自分が女でもあの男だけは選ばない自信がある。逆も然りだ。というか想像するだけで吐き気がするのだが。

「渋沢くんのおいしーいプリン食べたんだから、もう私からはいらないでしょ」

既製品でいいじゃない、と云い放ったである。
おや、と思った。
一瞬危ない方向に思考が飛んでしまったが、これは、つまり。

「…お前、まさか渋沢相手に妬いてんのか?」

その瞬間。
振り返ったの顔は、真っ赤だった。

「妬いてないもんッ!!!」

完全に妬いている。
伊達に長年片想いし続けたわけではないのだ。天邪鬼なの性格を一番知っているのは、何を隠そう三上なのだ。
それに気付いた瞬間、三上は先ほどまでの自分を棚上げし、にやにやしてしまった。まったく本当に、可愛すぎる。

「何笑ってるの!」

「いやぁ?」

睨まれても怖くない。むしろ愛しさが込み上げてきてどうしようもなかった。
図星を突かれて更に真っ赤になったは、いたたまれなくなったのか思いっきり三上から顔を背けて立ち上がった。

「知らない!」

部屋を出て行こうとしただが、それを許す三上ではない。すぐに腕を伸ばし、その細いの手を掴んで引っ張った。油断していたことに加え、三上の力は弱くはない。次の瞬間、は簡単に三上の腕の中にいた。

「ちょ、何するの!あぶないでしょう!?」

「悪い悪い」

「ちっとも思ってない!」

ジタバタと暴れるも、もはやすでに何をしても三上にに可愛く見えてしまうのである。本当に嫌がっているわけでないことも知っているので、余計に可愛くて仕方がない。本当に嫌な時、は酷く静かに『やめて』と一言云うのである。怒鳴られるよりもショックがでかい。
しばらくは三上の腕の中で暴れていただったが、やがて諦めたのか、抵抗は止めて大人しくなった。ここぞとばかりにぎゅうぎゅうとを抱き締める。

「苦しい」

「頑張れ」

「何それ」

ふふ、と笑ったは、もう怒っていないようだった。それを確かめた三上は、少し腕の力を緩めて間近でを見る。
白い肌も黒い瞳も濃茶の髪も桜色の唇も長いまつげも、内気と見せかけて実ははっきりものをズバズバと云ってしまう怖いもの知らずなところも、本当は少し泣き虫なところも。全部が好きだった。妬いているところも可愛くて仕方ない。ただ、頼むからあんな男相手に妬かないで欲しかったけれど。
まだ若干赤みを帯びている頬に軽く口付けすると、はくすぐったそうに身を捩る。

「あのね」

そのまま唇に、と近付けると、慌てたように手で遮られる。不満げにを見れば、目を泳がせていた。

「なんだよ?」

「実は、あれから悔しくて、またプリン作ったの」

「…だから先に帰ったのか?」

頷く。
嬉しいが、そんなことをしなくても本当にのプリンもうまかったのに。

「でね」

「……?…」

歯切れが悪い。
ほんの少し、嫌な予感がしてきた。背中に冷たいものを感じた三上だった。
するりと三上の腕をすり抜けたは、いったん部屋を出て行き、帰ってきた。部屋のドアから顔だけひょっこりと出して、笑っている。ただし、困ったような苦い笑顔だ。

「私、結構お菓子作りとか料理とかでストレス発散するタイプなのよ」

「……で?」

知らず、三上の頬もひきつってしまった。

「でね?」

ちょっと作りすぎちゃったみたいなの。
と云って盆に乗せてが持ってきたのは、ちょっとという言葉ではかわいすぎる量の、プリンだった。いかにプリン好きの三上といえど、ここまではいらない。
これでもか、と云うほど持ってこられたものはどれもおいしそうではあるが、一体どれだけの時間をかければこんなに大量制作になるのか謎だ。

「……で、お前、まさかこれ全部俺に食えって…?」

「…やっぱり嫌よね……」

「嫌っつうか…」

不可能というか。

「じゃあ、亮くん好きなだけ食べたら、あとは寮に持っていきましょうか」

その発言に、ピクリ、と三上はこめかみを引きつらせた。
駄目だ。
それだけは駄目だ。
寮というのはもちろん松葉寮のことであり、万年欠食児童の巣窟である。
しかも性質の悪いことに、三上とが付き合っていることを知ってる上で尚に好意を寄せているものも多数いるのだ。
そんなところにと手作りプリンなど持ち込んだ日には、どうなるかなど恐ろしくて不愉快で考えたくもない。

「俺が食う」

「…全部?」

「全部。だから寮に持ってくな」

「それはいいけど…」

なんで?と無邪気に首を傾げるに、お前を狙ってるやつがいるからだ、と云えるはずもなく。
無言でスプーンに手を伸ばした三上は、一番手前に置いてあったカスタードプリンを一口含んだ。

「…どう?」

不安げに問うにこたえるように、もう一口。控え目な甘さといい、なめらかさといい、プロ顔負けの出来だった。

「うまい。昨日の渋沢のやつより」

「それはもういいの!でも、よかった」

頑張ったんだから、と云うと、は花が咲いたような笑顔を浮かべた。
やはり、怒っている顔よりも笑顔のほうが三上は好きだ。
ぴん、と。思い立ち、にやり、と三上は笑う。律儀にいろんな種類のプリンを作っていたは、これがなんであれがどれでという説明をしていたので気付かなかった。 そして。



「で、これが抹茶で自信作なの―――…」

が顔をあげた瞬間、素早く後頭部を引き寄せ、キスをした。
驚いたが抵抗する前に、重なった唇さらに押し当て、呼吸を奪う。

「んっ、」

二三度三上の胸を押し返そうと試みていたが、無駄だと悟ったのか、やがて静かに抵抗を諦め、三上の口付けを受け入れた。
そうしてやっとを解放した三上は、満足げに笑う。

「うまい」

「…何がよ」

「云っていいのか?」

「云わなくていい!」

ひょうひょうと云い、また平然とプリンを食べ始めた三上を見、は大きくため息をついた。何故自分はこんな人を選んだのか、たまにわからなくなる。とはいっても、嫌いになることなどないのだけれど。

「…お茶、持ってくるわね」

「おう、頼む」

考えても無駄なだけだ。結局自分は、どんな彼であろうと好きなのだから。開き直るしかない。
そう思い小さくため息をついたは、お茶を淹れるために今度こそ部屋を出るべく立ち上がった。

「あ」

「あ?」

そして部屋を出る直前、重大なことに気付いた。
振り返れば、早くも2つ目のプリンに手を付けていた三上が不思議そうにを見ている。
一体自分は何のためにこのプリンを作ったのか。忘れていたわけではないのに、云っていなかった。
ふわり、と笑い、云う。


「亮くん、誕生日おめでとう」


告げ、妙に恥ずかしくなって早足で部屋を出て行ったは、気付かなかった。
残された三上が珍しく、顔を赤らめていたことを。

ついでに、お茶を淹れてきたはこのあと息が出来なくなるほどのキスをされるのだが、それはまた別の話である。










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というわけで1月22日、三上亮くん誕生日おめでとうございます!間に合った!(安堵)

前もって準備始めたのに、書き上がったのが誕生日になる1時間前という慌ただしさ。私今日何時間PCに向かってたの?(※6時間です
たまに早く帰ってきたと思ったら、三上に時間を取られて終わるとは…どちくしょう!好きだ!(ちょ)

意地っ張りで見栄っ張りで素直じゃないけど、誰よりサッカーが好きで、本当は優しい三上が私は大好きです!茨城出身だよね!(妄想

では、本当におめでとう!あとヒデもおめでとう!(ついで?)