神様どうか、僕から彼女を奪わないで。 |
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どうせだったら本当に嘘になってしまえばいい、嘘になってくれたらいい、嘘であってほしい。冗談よ、と笑ってくれたとしたら、俺はいつもみたいに呆れた顔が出来るのに。 お願いだから、そうさせて。 こんな冗談、いらない。 「あのね」 春に近づくにつれ、なんとなく痩せてきたとは思っていた。元から細めだった身体は更に細くなって、風が吹いたら倒れるんじゃないか――なんて云ったら大袈裟すぎるかもしれないけれど――ってくらいで。 大丈夫だよ、風邪気味なの、と笑うお前に、本当はかける言葉が見つからなかった。何が大丈夫なのか、俺にはまったくわからなかったのだ。 「私ね」 桜が美しく咲いて、それから儚く散った頃。 は、哀しそうに笑って、俺に告げた。 「あと半年なんだって。」 うまく呼吸が出来ている自信はなかったけれど、変わりにおかしな顔をしている自信はあった。そんな自信、本当にいらない。 何が、と云いたかったのに、声を出そうとすると掠れてしまって上手く声にならない。酷く喉が痛かった。 「私、心臓に欠陥があるらしくって」 は泣きそうなとき、泣かないで泣くのを我慢して、耳に髪を掛けるのが癖だった。多分はそれに気付いてない。気付いてるのは、俺とか英士とか結人とか、あとの家族とか、そういう限られた人たちだけだろう。は、今、髪を耳に掛けた。 サラリと髪が指を滑る。綺麗な黒が、風に揺られる。 「私もね、この前初めてそんなこと聴いたのよ。母さん、ずっと隠してたの」 酷いよね、よく今まで無事だったよね私、と笑って、また髪を掛けた。 無理矢理息を吸い込んで、肺に酸素を送れば、ゴクリと喉がなった。こんなに心臓がドキドキしたのは、ユース最後の試合以来かもしれない。 握った拳が痛い。もしかしたら強く握りすぎて血が出たのかもしれない。 けど、拳なんかより、心のほうが。 俺の心なんかより、の心のほうが。 痛いに、決まってる。 「それでね、明日から入院するの」 「・・・・・・・・・」 「だからね、だから、一馬、・・・・・・」 云いたいことはわかってしまった。 俺の名前を呼んで、今日会ってから初めて俺の顔をまともに見たは、あれ、おかしいな、なんだっけ、と困ったように笑って、そして髪をかき上げた。 そんなに笑わなくていいのに。 辛いなら、泣けばいいのに。 優しすぎるからいつだって自分のことは後回しで。 人のことばっかり気遣って。 たまには泣いていいんだ。 まだ小さく微笑んでいるの腕を思いっきり引っ張った。予想もしていなかった俺の行動に、は抵抗なんてする間もなくすっぽりと俺の腕の中に収まった。 腕の中のが、小さく息を呑んだ。 「一馬、」 「俺」 「、」 「一緒にいるから」 「かず、」 「なんだよ半年って。ていうかお前半年しか命ないから俺と別れようとかすんの?なんだよそれ、薄情じゃん」 「だって、」 「半年だったら、それしかだめなんだったら尚更離れねぇよ。離さねぇよ。傍にいるよ」 「、」 捲くし立てるように云って、俺は強くを抱きしめた。中学の終わりごろから付き合ってて今日までの六年間、こんなに強く抱きしめたのは初めてかもしれない。いつもは、細くて抱きしめたら壊れてしまいそうなだから、そっと優しくしか抱きしめていなかったから。 こんな強く抱きしめても、本当はは壊れたりなんかしないのに。 はそれほど身長が高くないから、俺が抱きしめるとの顔は丁度俺の胸のあたりにくる。なんだか、今は、その辺りが湿っぽかった。の肩が、震えているような気がした。 「だって私怖い」 涙声で、はまるで訴えるかのように云った。 「死ぬのは勿論怖いよ。まだ死にたくない。もっと生きたい。去年一馬や英士や結人と行こうねって約束した紅葉狩り行きたいよ。来年もまたみんなで海に行きたい、みんなのサッカー観に行きたい、でもね、それよりも、それよりも、」 泣きそうになった。 試合で負けても、本当に悔しくて仕方なくても涙は出てこなかったのに、今は、すごく泣きたい。 の声が、一際小さくなって、震えた。 「私、一馬と離れたくない、死にたくない、一馬と一緒にいたい」 俺だって。 俺だって、離れたくない、死んで欲しくない、一緒にいたい。 生まれて初めて、切ないキスをした。 涙の味が、した。 --------------------- 中途半端ー。ぐふん。 一馬が、大好き。儚い一馬が笛!の中で一番美しいと思います。(妄想) ↑こんなこと云ってた自分に驚愕する現在。(笑) ↑四年後(現在)の私も驚愕している…あほか!一番美しいのは潤だよ(…) |