好きです。
 好きです。

 大好きです。






この視線で愛を伝えられたなら





 いつ頃この気持ちに気付いたのだろう。
 少なくとも小学校の頃はこんな気持ちは持ち合わせていなかった。彼に対しても、他の誰に対しても。

 中学に上がって少しして、初めて彼を意識した。
 なんのことはない、ただ単にクラスが同じで、そのときの体育の授業がたまたまサッカーで、ついでに私はそれを見たというそれだけの話だ。
 けれど、普段はお世辞にも人付き合いの明るい人だとは云えない彼が、サッカーをしているとき、どうしてかとても嬉しそうに走り回っているのを見て、ああ、すごい、そう思ったのだ。

 あとで訊いた話だけれど、彼は小学校のときからずっとサッカーをしていたらしい。それも、トップに近いレベルで。それなら授業のサッカーなんてつまらないんじゃないかって思ったけど、サッカーならなんだって楽しいのかもしれない。生憎、私にはその辺りは理解できない。

 彼は二年の後半から、今まで以上に学校を休むことが多くなった。元からユースのサッカー遠征とかでよく休む人だったけれど、今度は東京の選抜チームにも選ばれたらしい。すごいことなのだと、何故か担任が自慢していたのが印象的だった。(でも先生は関係ないと思った。)
 席替えをして、彼の席は窓際の一番後ろになった。偶然にも私はその隣の席になった。
 誰も座っていない、荷物もないその席を見るのが、いつの頃からか辛くなっていた。

 それが、九月の終わり頃。





「お前、明日から韓国だっけ?」


 二月に入って少し経った頃、彼と比較的仲の良い男子が話しているのが耳に入った。この頃には、残念ながら私と彼の席はもう隣ではなくなっていた。
 心臓がドキリとした。
 ああ、そうだよ、と僅かに声を弾ませて云う彼を思わず振り返りそうになって、慌てて自制した。振り向いたところで何かを云えるわけでもないし、かえって目が合ったりでもしたら余計気まずくなるだけなのがわかっていたからだ。

 日本にさえいなくなるということが、痛かった。

 別段土日に彼の姿を見ているわけでもないので変わらないといえば変わらないが、それでも、同じ国にいないという事実は私にとって衝撃以外の何物でもなかった。


(ああ、この頃か)


 ふと私は気がついた。
 きっとこの頃から、私は彼を好きになっていた。

 吊り気味の目と、良いとは云えない愛想。
 言葉が少ないから上手く伝わらない優しさ。

 何より忘れられないのが、サッカーボールを追いかける姿。

 私は男子と話すほうではなかったし、彼も女子と話すほうではなかった。どっちかといえば、必要最低限以外話さない人だった。
 だから、女子の中でも、本当は彼がとても優しいと知っている人は少ない。

 でも、私は知っていた。

 係の仕事で教材を運ばなければならなかったとき、彼はさりげなく重いほうを持ってくれた。(なんと私と彼は同じ係なのだ。)
 席が隣だったときで、私が消しゴムを落としたのを気付かなかったとき、無言で消しゴムを拾ってくれた。(どうして気付かなかったんだ、私。)
 それは普通の人だったら当たり前だ、と云うかもしれない。
 それは本当に些細なことだったかもしれない。
 でも、たったそれだけのことだけでもわかる。彼はとてもとても優しい人だ。
 人よりちょっと不器用なだけだ。





 三年生になって、私と彼は別のクラスになった。A組と、F組。一番端と端のクラス、教室。正直かなり凹んだ。

 彼が相当モテるというのは知っていたけれど、それを目の当たりにしてしまうとなんとも微妙な心境だった。
 告白シーンはドラマや漫画だけで充分だ。特に、自分の好きな相手のそれは。


「真田くん、好きです。私と付き合ってください!」

「・・・・・・ごめん」


 たったそれだけ。
 それを訊いただけで、私は途方もなく泣きそうになった。別に私が振られたわけでもないのに。

 ああ、ゴミ捨て場の近道だからってこんなところ通るんじゃなかった。考えてみたらここはこの学校内では有名な告白スポットだったのだ。

 しかしいくらなんでも好きな人の、真田くんの、告白シーンに出くわすなんて、私は何かしましたか、神様。

 けれど、私は真田くんに告白した今の子を尊敬する。すごい。
 だって、告白したのだ。告白にはすごく勇気がいることを、私は友人の恋愛模様を観察して知っていた。沢山悩んで沢山頑張って、漸く心に決めて、そうして告白するのだ。
 私は悩んでいるだけだ。
 ぶつかって振られるのが怖いから。
 逃げているのだ。


(真田くん、真田くん、真田くん)


 呪文みたいにおまじないみたいに心の中で名前を呼ぶ。これで彼が来てくれたらどんなに嬉しいだろう。ありえない奇跡を願う辺り、私はどうしようもないオクビョウモノだ。


(ね、いつまで逃げるの?)


 そんなの知らないよ、こっちが訊きたい。


(真田くん、私の事好きになって)


 無理だよ、だって私の事なんかきっと見てない。


(サッカーよりも、私を)


 無理だよ、だって『無理』って私が思ってるんだもの。


(さなだ、くん)




 片想いはとても辛い。

 それは本気で相手を好きだからです。


 真田くん。


 真田一馬くん。


 あなたが好きです、とても、ものすごく。










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