『サヨナラ』は、『愛してる』よりも甘酸っぱくて優しい。

それは、よく熟したさくらんぼの味に似ていた。






ポートランド・チェリー





「ケースケ」

この声が俺の名前を呼んでくれるのはあと少しなんだと思うととてつもなく哀しい。俺は大切なものを失うのではないだろうか。
馬鹿と云われて構わないが、俺はサッカーなしでは生きていけない男だ。テレビゲームがなくても行楽地に行けなくても構わないけれど、サッカーだけはないと駄目だ。昔からサッカーばっかりやってたから、もう『サッカー』は俺の一部なんだ。
だから俺は、スペインリーグのとある有名チームから移籍の話を貰ったとき、二つ返事で承諾した。
その日のうちに、身内には報告した。
家族には『そんな大事なこと勝手に決めて』と怒られたけど、最後には頑張ってこいと云ってもらえた。
平馬には『お前らしい』と若干鼻で笑われた気がするけど、やっぱり祝ってもらえた。
そして、には。


『……なんで?』


泣かれた。

その日は俺の二十三回目の誕生日だった。



*****



遠征で何度も海外へは行っていたので、もはや見慣れた成田空港。しかし今日はいつもとはまた違って見えた。なんせ俺は、遠征などではなくこれからスペインに住むためにここにいるのだから。
思えば初めてここに立ったときは隣には千裕がいた。ユースの合宿でアメリカに向かうためで、初体験の空の旅への希望と不安で大はしゃぎしていた。
二度目は、U-13のときで平馬もいた。そしてはやり大はしゃぎしていたら『暑苦しい上にうざい』とすごい勢いで他人の振りをされた。あのときの平馬の冷たい視線は軽いトラウマだ。
それから何度かユースと日本代表で色んなところに飛んで、大学に入って最初の年、ここに立つ俺の隣にはがいた。どちらかが見送られるわけでもなく、目的地は同じ。初めての海外旅行に不安がるの手を握って笑ったのがまるで昨日のことのように思い出せる。余裕ぶるな馬鹿、と云う可愛い罵声。そのくせ微かに震える手。温もり。
今日だって俺たちは二人並んでここにいる。

なのになんで、今日は、旅立つのは俺だけ。

「……身体、気をつけて」

「ん」

「………」

「…………」

相変わらずここは忙しなかった。どこかの子供の団体が喧しく出国ゲートを占領していたり、ツアー客が各々好き勝手に歩き回っていたり。
ただその中で俺たちだけは異質だった。はしゃぐでもない、パンフレットを開くでもない。少し間を開けて掲示板を見上げている。他の利用者にはさぞ不思議に見られていただろう。怪訝そうな視線が痛かった。
だけどそれより痛かったのは、を哀しませているということ。

「……

「…ん?」

「…ごめんな」

夢を追って、日本を離れてごめん。

傍に居てやれなくてごめん。

ひとりにして、ごめん。

―――ごめんしか云えなくて、ごめん。

「……馬鹿?」

「は」

「馬鹿じゃん、ケースケ。あたし、そういうあんたを好きになったんだよ」

だから、そんなの今更。
そう云って笑ったの眼は赤く腫れていて、きっと昨日泣いていたんだと容易に想像出来た。泣かしたのは、俺なんだよな。哀しませてるのは、俺なんだよな。我慢させてるのも、無理させてるのも、俺なんだよな。ごめんな。、ごめんな。
何度謝っても足りない。悪いのは全部俺なのに、全部が苦しんでる。不公平だよな。なんでだろうな。

「なんて顔するの」



「これからあっちでスターになるって人が、そんな顔で旅立ったらみんな不安がるよ?」

「俺…」

「………ただし浮気したらぶっ殺すから」

「…………え?」

「外国人はナイスバディが多いからね、巨乳大好きケースケくんには魅力的すぎるでしょうけどぉ」

「ちょ、おまっ、お前それないから!」

「ほーら、その顔だよ」

「は!?」


「その顔で、いってらっしゃい。」


―――なぁ。

俺、お前を好きになってよかった。
幸せだった。
―――

「何も今生の別れじゃあるまいし。ちょっと離れちゃうだけじゃない」

「……そうだな」

「それに、今までだって逢いたいときに逢えてたわけじゃないし、今は電話もメールもある」

「……ああ」

「ケースケ」

「…ん?」


「あたしね、ケースケの傍に居たいよ」


「―――…」

「ずっとずっと傍に居たかったよ。離れたくなかったよ」

「……、」

「でも、あたしは夢追っかけて楽しそうなケースケを好きになったの」

「………」

「…だから、今は院があるから無理だけど、」


―――神様。

俺は世界一の幸せ者です。



「卒業したら、そっちに行くから」



だから浮気すんなよ!

イタズラっぽく笑ったを抱き締めた。公衆の面前だろうが知ったこっちゃない。涙がじわりと浮かんだ。

薄情なことしたのに、こいつは変わらず俺を想ってくれている。こんな幸せなことがあるだろうか。


「待ってる」


愛しい人よ、ありがとう。


「だから今は」


そして今だけ。





サヨナラ









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ケースケくん誕生日祝なのに祝えているのかどうか。まぁ、誕生日ネタが盛り込まれてるしいんでない……?(えー)

別にポートランドに思い入れがあるわけではないのですが。なんとなく。
が『そういうあんたを〜』とか云ってるくせに最初に『なんで?』と云ってるのは複雑な乙女心とゆーやつです。いやしかしいい女だな…惚れる(てめーが云うなやァァァ)
あと、ケースケくんはR・マドリードに移籍希望です。磐田からマドリードに。それから生涯海外リーグで過ごしたらいいと思います。希望。

ケースケくん、誕生日おめでとう!大好き!


20071010
20100429(再録)