週番になっていたのを忘れた私は、ホームルームのあと真っ直ぐげた箱に向かっていた。が、ギリギリ靴をはく前にそのことに気付いたので、非常に面倒だったけれど教室まで引き返した。当然友達は待ってなどくれない。薄情なやつらだ。 |
タイムリミットの崩壊
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うちのクラスの部活動所属率は他のどのクラスと比べても高く、なんと85%。四十人クラスなので、実に三十四人がなんらかの部活に所属していることになる。よってホームルームが終わっても教室に残っている生徒はほぼいないと云っていい。 誰もいない教室で、一人寂しく日誌を書かなきゃならないなんて、とか想像すると悲しくなる。 つーかあと一人の当番誰だよ。今日一回も一緒に仕事してないぞ。 溜め息をつきながらガラリと教室の扉を開ける。気が重い。 ハァ、とまた溜め息んついたとき。 「なんや、サボリかと思た」 なんと教室には人がいた。しかも普段なら真っ先に教室からいなくなりグラウンドを走り回っているであろう人物がいるとは思わなかった。ノリックである。 「なんでノリック?」 「なんでて。僕、今週週番なんやけど」 「いや、仕事しない週番ならいらないけど」 「冷たァ!なん、ごっつ冷たない!?」 「気のせいよ」 とにもかくにも私はさっさと日誌を書いて先生な提出して帰りたい。今日は好きなドラマの再放送があるのだ。四時までに帰らなければならない。今はまだ三時。家まで徒歩二十分だから、十分間に合う時間だ。 教卓から日誌を取り出し、自分の席についてさっそく書き始める。私の対応にぶつくさ文句を云っていたノリックはといえば、のそのそと私の前の席に向かい合うように座った。 てゆうか、近い。 あんまり認めたくないが、ノリックの笑顔は魅力的だ。特に、お姉さん方に可愛がってもらえそうな感じがする。愛らしいが、正直にくらしい。そんな紙一重の思いには知らんぷりをした。 これまた可愛らしく小首を傾げたノリックは、カリカリと書き進める私を不思議そうに眺めていた。 「なんでそないに急いどるん?」 「はやく帰りたいから」 「せやから、なんで?」 「ドラマの再放送観たいの」 「えー。のだまカンタービレ?」 「えーって何。玉本宏好きなんだもんいいじゃんか」 どうしてか不服そうな顔で非難の声を上げたノリックを軽く睨む。玉本宏を馬鹿にするなよ? 「あんな男よか僕のほうがずーっとええ男やと思うんやけどー」 「は?視力大丈夫?」 「僕、サッカー選手やで。両目ばっちり2.0やん」 「じゃあ頭だな。頭に問題ありなんだな」 「えー」 「玉本宏よりノリックのほうがいい男なわけないじゃん」 馬鹿云うなよ、と云ったところで漸く日誌を書き終えた。あとは最後の反省を書くだけ。これくらいはノリックにやらせよう。ついでに職員室にも持ってってもらおう。そして私は帰ろう。四時から玉本宏が待っている。 よし、と顔を上げたらびっくりした。普通にびっくりした。 「僕な」 目の前には、ノリックの顔。ドアップ。 しかもいつもみたいにおちゃらけた笑顔じゃなくて、真剣で。 その眼には、私しか映ってなくて。 「いっこだけ確実に、玉本宏に勝ってるとこあんねん」 「なっ、何っ……?」 どもってしまった。 ニコーッと途端に笑顔だ。正直不気味だ。 本能的に身に危険を感じ、反射的に身体を後ろに引こうとしてそれは出来なかった。 なぜならノリックががっしりと私の腕を掴んでいたから。 「玉本宏よか、ずーっとのこと好きやねん」 「―――は…?」 気付いたら私とノリックの距離はゼロになっていて。 私とノリックの鼻頭が少しぶつかって。 瞼を閉じたノリック、うっわー睫長ェー。 ……じゃなくて!! 「ぶぁっ!!!?」 「えっらい色気ない声やね…」 「いや、は!?何!?何したの!?」 「あ、わからんかった?せやったらもう一回…」 「そういうことじゃなくて!!」 キスされた。キスされた。ノリックにキスされてしまった。顔が熱い。絶対顔赤いんだ。 「やから、云うたやんけ。僕、のこと好きや」 「うっ」 「嘘やないよ」 言葉を先取りされた。まるで私の云いたいことなんてお見通しって態度がムカつく。なのに私を映す眼をそらせなくて、息が苦しかった。 「な、」 嫌じゃなかった。突然のキスも告白も。そんな事実にも腹が立つ。 「僕のこと、嫌い?」 首を横に振った。ホッとしたようにノリックが笑う。なんだよ、怖いなら最初からそんなこと訊くなよ。 「じゃあ」 ノリックが次に云いたいことの予想がつかないほど、私は鈍くないし、無神経でもない。 「―――僕のこと、好き?」 きっと今日は四時には間に合わない。 -------------------- 押せ押せノリック。 20071205 20100429(再録) |