あなたのために、私は





「わたしね」


 ―――死にたいの。

 自分を抱きしめる腕にソッと触れて。
 少女は、消え入りそうな、けれどはっきりとした声でそう呟いた。


「だって生きてても、苦しいだけだわ」


 目を伏せて思いを馳せても、脳裏に浮かんでくるのは酷く苦い思い出たちだけだった。
 少女を抱きしめる腕には、いっそう力がこもる。
 まるで、離さない、逃がさない、―――死なせない、とでも云うように。

 少女は、けれど少しだけ微笑んだ。


「でもね、誠二」


 あなたがいるから、死なないのよ。


 風が吹いただけで倒れてしまいそうなその身体は、夏だというのに冷たくて。でも、呼吸はしていて。
 泣きそうになる。

 藤代は、声が震えない自信などなかったけれど、少女を抱きしめたままくぐもった声で云った。


「死んだら哀しいよ」


 他の誰でもなくて、お前が、死んだら。

 例えばそれはきっと自分の死よりも哀しいものだと思う。だって自分が死んだときは、哀しいとかそういう感情はないに違いないのだ。
 でも。

 でも。


「うん」


 少女は云う。


「わたし、死にたいけど、でも、わたしが死んだら、誠二が哀しむの知ってるから、死なないのよ」


 少女は云う。


「だってね、誠二が哀しむのは、一番嫌なの。どんなに自分が苦しくても、死にたくても、死んだら、誠二は哀しむでしょう?」


 少女は続ける。


「そんな自分が一番嫌だわ。あなたを哀しませるのがわたしなんて、そんなのあったらいけないの」


 少女は続ける。



「だからね誠二。わたしは、死なないわ」





 あなたが傍にいてくれる限り、この命をわたしは生かし続けるのだ。





 だ か ら 、 傍 に 。





(あなたがわたしを生かすのだ。)