たった一言だけでいいから欲しかった。

 そうして、確かにあなたは一言をくれたけど、それは、私の欲しかった一言ではなかった。


 ねぇ、だったらいっそ、要らなかったのに。






想いよ届け、





「すきってゆって」


 沈黙。
 冬の空気は透明で、よく声が響く。小さな小さなか細い声でも、ほら、嘘みたいによく聴こえてしまう。
 声が震えているのがばれてしまっただろうか。あの人は、鈍感なくせに酷く鋭敏だから。なんて残酷な、優しさ。涙が出そうになるのは、欲しい言葉を貰えなかったからではない。


「ねぇ、ゆってよ」


 ひゅ、と風が凪いだ。まるでそれが答えだよ、とでも云うように。私は風の言葉なんてわからないのに、なんでだか、それはわかってしまったような気がした。風が変わりにゆったのだ。私の求める一言とは正反対の一言を。
 お節介だよ、と心の中で呟いた。勿論誰にも聴こえないし伝わらない、風にも、彼にも。


「すきって、ゆって、ねぇ」

「・・・、あのね」

「要んない」

「え、」

「わたし、そんなの要らない」

?」

「わたしが欲しいのは、一言だけだよ」


 知ってるでしょ、と言外に付け足して。それだけで充分だ。
 彼はきっと知っていた。知っていたけど、知っていたからこそ、その続きを云えなかったのだ。

 わたしが欲しいのは、『すき』の一言だけなのだ。

 それ以外は要らないのだ。

 ぼやかしの言葉は要らないのだ。

 拒絶の言葉も、要らないのだ。


「でもおれは」

「要んないったら!」

、」

「すきってゆってよ、お願いだからねぇ、せいじ、わたしのことすきってゆって」

「・・・・・・」

「・・・ゆって」


 いつも隣に居たから知っていた。
 せいじは私の事をすきだけど、その好きは恋愛感情の好きじゃなくて、妹とかへ向ける家族愛や、単なる友人に向ける親愛に似た、けれどそれよりか一歩深くなっただけのものだった。
 でも、一歩進んだだけで、私は結局のところ妹・友人どまりだった。
 それ以上にはなれない。
 近いところに居るくせに、手を伸ばせばすぐに届くのに、触れてしまったら崩れる。
 なんて脆いのだろう。
 なんて儚いのだろう。



「せいじ」



 せいじの肩に頭を押し付けて、名前を呼んで。
 それでもせいじは拒絶はしないのだ、身体では。そっとわたしの肩に触れる彼の手は、まるで硝子を扱うかのような慎重さで、こわごわとしている。彼は優しいのだ。



「好き」



 冷たい風が、一際大きく。

 その背後に聴こえた、声。





 ご め ん ね 。